山を駈ける風になれ2007年12月号

 
2007年11月3日(土)北神戸/シブレ山+淡河周辺(2.5万図 淡河)
2週間前に続き、県道三木三田線を西に走る。今日は三木の御坂を中心とする低山を巡る予定。まずはつくは
ら湖の南にあり、山頂までNTT専用道路が上っているシブレ山を目指す。シブレ山とは変わった名前だが、
湖を挟んで北側にはシビレ山という名前の山もあるから面白い。

午前5時58分夜明け前の薄暗い中をロードで出発する。2週間前と同じようにぐっと冷え込み赤坂峠の気温
は6℃。だが日中は20℃まで上がるということなので、ウインドブレーカーの下は半袖ジャージだ。
いまいち体が重く感じるのは、仕事疲れかそれとも食べ過ぎか。そんな事を考えながら北六甲台の下りに入る
とスピードがいつもより4-5km/h速い。うーむ本当に重くなっているようだ。夏場ならこういう時は長
距離を走っている間に脂肪が燃焼され、いつか体が軽く感じるようになることもあるのだが、今日はどうだろう。

県道三木三田線は深谷を過ぎればずーっと下り基調、ここで体重増の威力発揮、2週前より4分速いタイムで
淡河の交差点を過ぎ、快走のまま御坂東の交差点を左折、呑吐ダムの自販機コーナーで水分補給をする(7時
24分)。
ダム湖岸の道路なのに交通量が多いのには違和感を覚えるが、神戸の市街地へ抜ける道だから無理も無い。山
陽道の橋の下をくぐり、トンネルの手前を右折、NTT専用道路に入る。この200m毎に距離と標高を記し
た標識があるのはNTT専用道路によくあるパターン。
最初の400mの平均斜度は11.5%と厳しいが10%、8%と徐々に傾斜は緩くなる。ところが傾斜が緩
くなったところで未舗装路が現れ、結局押して終点に(7時50分)。シブレ無線中継所のアンテナ塔が建っ
ている。
シブレ山無線中継所シブレ山山頂シブレ山林道から淡路島

シブレ山頂は林道終点から30mほど戻ったところから山に入る。ものの1分で山頂に着く。セメントで固め られた台座を持った三角点が埋まっている。点の字が旧字で刻まれており風格を感じる。展望はない。日陰で 寒いので林道終点に戻り、再び半分押しながら下る。 下りきってトンネルをくぐり箱木千年家を横目につくはら湖を一周、呑吐ダムで一休みした後、村道を通って 御坂東の交差点に戻る。
つくはら湖サイクリングロードからシブレ山呑吐ダム

次に御坂神社の北に約1kmにある点名「南谷」(186.8m)を訪ねることにする。地形図で見ると三角 点のある山頂を中心に3方へ破線路が付いているので、しっとりとした山道に会えるかも知れない。溜池を左 手に見ながら農道を上っていくと老人ホームの前に出てしまった。立ち止まって地形図を広げる。 そうか、手前を左に折れるのか。 納得して軌道修正、もうそろそろ破線路入口かと進んでいくと、何と山陽道の下をくぐる道になり、正面行き 止まり、左右に高速に沿って側道がある(8時58分)。手持ちの地形図は平成2年修正測量版。山陽道が載 っていない。 長い階段が西方向に続いている。山陽道の位置を手持ちの地形図に当て嵌めて考える。この階段を登り切れば、 山頂から西南西に伸びる破線と合流点しそうだ。コンクリート製の長い階段を登る。 気温が上がってきて暑くなってきた。階段を登りつめると雑木の中を東北東に進む。予想していたような麗し の小径は無く、ところどころ背丈も没するシダとササヤブ。足元は見えないが、歩きやすいのは昔の山道が残 っているからなのだろう。
南谷山頂付近南谷へ登る階段の途中から見た山陽道

クモの巣を払いながら進めば、南北に伸びる尾根と合流する。この辺りに三角点がある筈だが、自分の足元も 見えないヤブ。念の為に北へ辿ってみるが、やはりさきほどの合流点あたりが、標高的にも最高点のようであ る(9時10分)。ヤブを漕ぎながら何度も躓きそうになった中に三角点があったかも知れない。残念だ。山 頂部から3方に伸びていた破線路のいずれもが、もう藪に還ろうとしている。高速道路で山道が寸断されると こういうことになる。 再び手探り状態で元の階段の下まで戻ってくる(9時18分)。次に南谷の東約1kmにある愛宕山に向かう。 標高わずか162mの山であるが地形図に名前が載っている山である。山陽道は山の北側を通っているからさ きほどのようなことはあるまい、と思いながら走っていくと、ん?また地形図に載っていない広い道路が愛宕 山と思しき方向に向かって通じている。 付近の神社とお寺の位置から絶対に間違いは無い筈だが、山の南西斜面は削り取られて霊園になっている。ま だ新しい霊園で墓石業者が二人作業をしている。地形図では山頂に鳥居マークが付いているので、霊園の奥に 山頂に通じる道があるかとうろうろするがそれらしきものを見つけることが出来ない。 墓石業者に怪しまれそうなので、地形図を広げ、如何にも何かの調査にやって来たかのようなふりをして山頂 の方向を窺い、伐採されているポイントから強引に山頂に登る(9時35分)。確かに平坦で祠でもあっても よさそうな頂上だが、ヤブで何も見えない。どう考えても道路が頂上部の西部分を削って通されたように思える。 ここは愛宕山じゃないのか? 霊園の奥に戻って水分補給しながら何気に今下ってきた山の方を見上げると、 『ふるさと、愛宕山のふもとに待望の新区画誕生、xx霊園』という石材店の広告看板が立っている。
道路と新霊園に削られた後背の山

どうやらやはり愛宕山に間違いは無かったようだ。さきほどの南谷といい、この辺りはどんどん変貌している ようである。愛宕山と名の付く山にはこれまでいくつか登ったが、由来につながるようなものを何も見つけら れなかったのは初めてだ。 登ったような登ってないような気分を引き摺りながら淡河まで戻ってコンビニで軽食休憩を摂る。腹にものが 収まれば気分も落ち着く。せっかくだから淡河街道旧道沿いの景色を楽しみながら流して走る。R428と交 差するところに『湯乃山街道淡河宿本陣址』の石碑が建っている。近くには今も風格のある家が立ち並んでい る。この石碑は新しいが、その3mほど東側にアスファルトに殆ど埋まった石碑がある。何か文字があるよう だが判読できない。こちらは古そうだが、何の石碑なのかわからないのが残念。
淡河本陣址淡河旧街道の街並み北僧尾農村歌舞伎舞台

R428を北に向かう。北僧尾に日本で一番古い農村歌舞伎の舞台があるというので寄ってみる。1777年 に建てられた長床と舞台を併用した建物で、バッタリという上演の時、前方に倒し舞台を広く使えるようにし た仕掛けがある。 今日は山に登ったんだか、旧道を走りに来たのかよくわからなくなった。実はR428を北に向かって走るの は初めて。結局吉川IC前まで走り最近よく走る県道17号を通って帰路についた。帰ったら新しい地形図を 買おう。        (本日の走行距離 105km) 後日談:インターネットで最新の地形図を検索したところ、愛宕山は霊園の反対側、道路を挟んで北側の山で あることが判明。また機会を見つけて登りに行きます。 2007年11月10日(土)能勢/天王630山+紅葉を求めて(2.5万図 福住) 1ヶ月ぶりにいつものトレーニング・コースを走る。トレーニングといっても本当にトレーニング走をしてい るわけではなく、行き先が定まらなかったり、足が鈍らないように走っているだけというのが本当のところ。 そろそろ北摂の奥では紅葉が見頃になっているだろうということで6時11分出発する。曇空でまだ薄暗い。 朝の気温15℃とこの時季にしては信じられないくらい暖かい。それが証拠にウィンドブレーカーの下は半袖 ジャージしか着ていないというのに、走り出して4-5kmもすればもう汗ばんでくる。 川西能勢口を回って県道川西篠山線を北上する。いつもより遅い。体が重い。昨夜の宴会が原因とわかってい るから気にはならないが、いつもの周回コースを走る切れるかその方が心配だ。それでも走り進むうちにそん なことも忘れ、杉生、杉生新田と過ぎ、泉郷峠を越えて能勢の天王に着く(8時09分)。 もう既に葉が落ちてしまった木もあれば、紅葉はまだという木もあって、ちょうどほどよい状態のものが少な いのは残暑が厳しかった今年の天候によるものかも知れない。
はらがたわトンネル手前から630山

吹く風が心地よい。もう少し走ろうと天王からはらがたわトンネル方面へ走る。前方に高い無線中継塔の立つ 山が見えてきた。いつも見てはいるが登ったことはまだ無い。山頂に中継塔が立っているのだから、どこかに 登り口がある筈だ。 亀岡への道が分岐する手前で右手の畑の方に下る道を発見、その先の山肌を見ると雑木林が結構な幅を持って 山頂に向かって切り開けているように見える。あれかも知れない。畑のあぜ道を進み、シカ除けネットの切れ 目に川を渡るポイントがある(8時20分)。
渡渉ポイント

ロードをそこに置き渡渉ポイントを亘って山肌に取り付く。中継塔への切り開きと思ったところは、土砂が崩 れて倒木が堆積した谷筋で歩きやすいというには程遠い。しかし周囲は疎林で深く落ち葉が堆積しており、ど こを歩いても気持ちがいい。 歩き易そうな西側の枝尾根を歩き、東に回りこんで中継塔のある山頂に着く(8時30分)。「北能勢無線中 継塔」と書かれている。山の反対側は暗い植林帯である。中継塔の南東にも今立っている場所と同じくらいの 高さのコブがある。地形図では共に630m等高線が閉じられているが、そちらの方が少し高そうである。
630山山頂から霧の深山方面山頂の中継塔

山頂からは深山が目の前に存在感を持って迫る。ちょうど霧が晴れようとしている瞬間が目の前で展開してい る。しばしその光景を見やり下山にかかる。下山は本当の切り開きを下る。ちょうどはらがたわトンネルの上 を北東方向へ下っていくように切り開かれている。
トンネルの出口方向に下る

でもそのまま下っていくと国道を渡って戻らなければならないため、途中から北に下ってトンネルの真横に出 る(8時45分)。わずか25分の雑木山歩き。自転車を回収して再び走り出す。
籠坊の紅葉1籠坊の紅葉2

天王から籠坊温泉方面へ下っていく。籠坊稲荷の大銀杏は今が黄葉真っ盛り。淡い紅葉のトンネルを楽しみな がら走り抜けた。        (本日の走行距離107km) 2007年11月23日(土)篠山/紅葉+タヤノヲク(2.5万図 村雲) 3週連続で紅葉を愛でるツーリングを敢行する(先週分はレポートありません)。そろそろ篠山盆地周辺の紅 葉も見頃になってきたことだろう。そう思って去年のツーリング記録を調べてみると去年は大国寺・洞光寺・ 宇土観音と紅葉巡りをやっている。そうだ洞光寺に行こう。 6時29分、かなり明るくなってきたところで出発する。気温6℃。夜間の冷え込みを予想して着込んで走り 出せばいきなり大汗。三田市内は3℃ながら先週よりも暖かく、古市(7時57分)で冷たいスポ・ドリで喉 を潤し、篠山の中心部から黒岡・畑宮・泉と走って洞光寺に(8時52分)。 山門をくぐり朝早くから三脚を立てて構える愛好家の横を通り過ぎて本堂の前から紅葉を存分に眺める。本当 にここの紅葉は美しい。人の波に酔いそうになる京都の有名寺社にはない“独り占め感”が味わえる。
洞光寺紅葉1洞光寺紅葉2
洞光寺紅葉3洞光寺紅葉4

存分に堪能したところで、今年7月に道路通行止めで撤退を余儀なくされた火打岩方面へ向かう。紅葉に染ま る八百里山を見ながら北上する内に『御嶽道へ』の案内標識につられるように直進、民家の切れたところから まだ登ったことが無いタヤノヲクに登ることに決める。 9時30分林道脇にロードをデポ、地形図の破線を北に進む。14年前と11年前にMTBで逆方向から下っ てきたがよく覚えていない。谷筋を詰める山道はやがて終点近くで判然としなくなり、イノシシの足跡を追っ て、左側の急斜面に取り付き、強引に尾根筋に出る。 地形図でチェックしたが、そう間違ってもいないようである。しかしこんな激斜面MTBを担いで下った記憶 は無い。微妙にハイキングコースと違う道を歩いているのだろう。尾根筋に出ても明確な山道は無く、あるか 無しかの踏跡が時々現れる程度である。 そうこうしていると平坦な場所に出る。瓦の破片が散らばっている。鳥居堂はタヤノヲクよりも北だから、こ こにも修験道に関連するお堂があったものと思われる。尾根筋を詰めていくと、岩場が現れる。その一つには 明らかに何かを祀っていたと思われるスペースが切ってある。役行者でも祀られていたか。
タヤノヲク山頂山頂からは大野山が見える

岩場を越えると三角点の埋まるタヤノヲク山頂に着いた(9時54分)。三角点のある場所は雑木に囲まれ何 も見えないが、少し南に移動すると切り開きから大野山、深山など北摂の山々が見渡せるビュースポットがあ る。ハイキングコ-スから外れ、忠実に尾根筋を辿ったので簡単にタヤノヲクに辿り着くことが出来た。 山頂で少し休憩した後は歩きやすいところを選んで火打岩方面分岐との合流地点を目指して歩く。何かを掘っ ていた跡が現れる。更に途中で山の東斜面に歩きやすい道が出現。これは便利と歩いていたら大きなヌタ場が 現れ、そこで道は無くなる。
山中にぽっかり空いた穴ようやく登山道に合流しました

またまた強引にちょっと煩めのヤブを越えて軌道修正、ハイキングコース分岐の標識の裏からハイキングコー スに飛び出す(10時10分)。やれやれこれで普通の山道に戻った。 あとは紅葉が始まりかけた雑木林の風情を楽しみながら火打岩へ下る(10時20分)。自転車で下ると何で もない距離だが歩くと長い。30分以上かけてデポ地に戻りロードを回収する。北西の風が強くなってきた。 今年になって初めてじゃないかというくらいの追い風の恩恵を受けて快走に次ぐ快走で帰路についた。        (本日の走行距離122km) 2007年11月28日(水)北摂/一本松山~ソエ谷峠(2.5万図 武田尾) 北摂の山々も冬枯れの景色に包まれ、MTBには絶好の季節がやってきた。シーズン・イン手始めは北摂山道入 門コースともいえる猪名川の万善から宝塚との境のソエ谷峠まで走ることに。 午前6時32分、曇天のためまだ薄暗さが残る中を出発する。気温9℃。風も無く走り出すとすぐに暑くなって くる。川西能勢口を回って県道川西篠山線を北上、万善にあるコンビニで食料調達し(7時39分)、川を渡っ てすぐのところにある近畿自然歩道の標識に従って山に入る。
端正な一本松山の山容(万善より)竜王、堂床が臨めるハイキング道

ススキの原を抜けると雨水で抉れた道、懐かしいなと思いながら進んでいくと、山道の両サイドはロープが張ら れ、模擬階段まで付けられた遊歩道然とした道に変わる。逆に指定された道以外は歩いてはいけない、と言われ ているような気になる。 振り返ると竜王、堂床、丸山が近くに見える。余談だが、梅田の高層ビル街から能勢の三草、竜王、堂床の3座 が見えるのをご存知だろうか。機会があれば大観覧車の近くから里山が見えるという“異空間の同居”を楽しん でみられては如何だろう。
鞍部。左へ行くと一本松山
右へ行くと大日山
一本松山山頂

余談はさておき、整備された山道は走りやすく、すぐに鞍部の峠に着く(8時05分)。自然歩道は南に向かっ ているが、東西の尾根に踏跡がある。西へ行けば大日山、東に行けば一本松山である。 地形図に山名が記載されている一本松山にはまだ登ったことがないので、訪ねてみることにする。シダ藪の中に はっきりとした踏跡が続いている。5-6分も歩けば一本松山山頂である(8時11分)。 山頂付近は小広いスペースがあり、中央に4等三角点(301.3m)が埋まっている。山名の由来になったと 思われる松、もしくは切り株などの痕跡は見られない。植林に覆われ展望は無い。しばらく付近の様子を確認し て元の鞍部に戻り、以前に比べて走りやすくなった山道を駆け下って多田銀銅山跡に。
水抜きの風穴青木間歩

解説板が整備されて解りやすくなっている。初めて青木間歩を覗く。間歩横の階段奥から点名銀山にも登れそう だが、夜中の雨でびしょ濡れになりそうなので、無謀なことは止め、おとなしく金山彦神社に立ち寄る(8時4 0分)。
金山彦神社

金山彦神社は大同2年(807年)銅の採掘を始めた頃に山神として建立された神社で、その後大阪夏の陣・そ の直後の水害で被害に遭った付近の間歩にあった社を合祀し、今の形になったと伝えられる神社である。昔訪れ た時は石段を登れば眺めがよかった記憶があったが、今は周囲の木が生い茂ったのか眺めは臨めない。 寄り道ばかりしていたのでは先に進まない。三度近畿自然歩道に戻り、一の谷池からソエ谷峠を目指す。静寂に 包まれた一の谷池(8時52分)で軽食休憩。ガレた道を進み、最後のひと登りをこなせばソエ谷峠である (9時17分)。
静寂の一の谷池一の谷池では地層のお勉強もできるソエ谷峠

コナラの葉がはらはらと散り、晩秋の雑木林の風情が漂う。地道の感触が直に伝わってくるのはMTBならでは の楽しみ。調子に乗って林道を下っていると速度は軽く30km/hを超えていた。        (本日の走行距離 44km) 織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。

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