山を駈ける風になれ2001年6月号

2001年5月4日(金)加美/大井戸山(2.5万図 丹波和田)
 大井戸山は播丹国界竜ヶ岳から篠ケ峰へと続く稜線から加美町側に張り出した支尾根の上につんと飛
び出したピークである。6年前加美町側から篠ケ峰に登った時にでっぷりとした篠ケ峰とは対照的に鋭
いピークを突き上げるこの山は気になる存在であった。
 そこへ、昨年9月に登られたという島田さんのレポート。北の清水坂からしっかりとした踏跡がつい
ている、展望もいい、ゴジラの背がある、等と惹きつけるに十分な言葉がちりばめられていたことから、
日照時間の長くなる時季を待って走ってみようとなった次第である。
 5時32分自宅を出発。距離と岩場があることからロードで行くことに。昨夜睡眠を摂り過ぎたせい
か逆に体が重かったが、走るうちに徐々にほぐれ、7時47分には谷川駅前に着く。ここから和田を通
り、小野尻峠を越えて鍛冶屋に抜ける。小野尻峠を越えるのは初めてだ。旧道は進入禁止になっている
ので味気ない新しいトンネルを抜ける。
 地形図から想像していたよりも下りは斜度がありスピードが出るなと思っているところへ後ろからマ
イクロバスが追い越していく。とバスの後ろに吹く巻込み風の助けを受けて60km/h近い速度に。
途中コンビニで食料調達したにも拘らず、9時06分雲門寺登山口に着く。自宅から90km、3時間
半はまあまあだなと思っていると、飲料用のペットボトルを買うのを忘れていたことに気付き、あたり
に自販機はないかとうろつくがなし。1.5km戻って自販機で缶飲料を買う。14分のロス。

雲門寺登山口から

 9時20分、再び雲門寺登山口。標識に導かれるままに林道を上り、簡易舗装路が切れたところでロ ードをデポ、歩きで林道終点に到着(9時52分)。腹は減ってくるし、喉は乾くが缶飲料では少しず つ補給するわけにもいかず、2〜3分休憩しただけで清水坂を目指して登り始める。さすがに95km 走ったあとでのこの登りはこたえる。途中で杖になる木を拾い、ペースを刻んで登れば10時06分ど うにか清水坂に着く。  氷上町側から冷たい風が吹き上げてくる。涼しいを通り越して「寒い」。峠のお地蔵様をチェック、 南へ稜線を登る。モミの木が多い。足元には細かいモミの木の落葉がチップのように堆積しており気持 ちよく登れる。次第に加美町側は雑木になり、瑞々しい若葉を楽しみながらの歩行となる。706ピー クを過ぎ、少し下りに入ったところで、稜線の中央に小さな岩が連続する径が現れる。さしずめ「ゴジ ラの小ビレ」といったところか。  清水坂から20分ほどのところに展望の岩場。北の竜ヶ岳方面から加美アルプスの眺めがいい。さら に5分ほど進めば「ゴジラの背」、ちょっと寄り道をしてみれば篠ケ峰方面がど〜んと見渡せる。コバ ノミツバツツジがまだたくさん咲いている。  Ca750ピークには朽ちかけた標識が残っている。判読不能だが、篠ケ峰方面の分岐であり、昔か ら歩かれていたルートだったことがわかる。少し下りかけると目の前に尖った頂上が見えるが、これは 山頂手前の小ピーク、ここからの眺めもいい。最後に少し下って登り返し、大井戸山山頂に到着(10 時53分)。  狭い山頂にはきれいな4等三角点が埋まっている。樹木に覆われて眺望は今一つ。大柿さんのプレー トも下がっている。MTBをここまで担ぎ上げてくるなんて物凄い人だ。そんなことをしたら家まで帰 れない。頂上から少し南西側に行ったところにある絶景ポイントに移動、軽食タイムにする。正面に千 ケ峰の勇姿、飯森山から笠形山へと連なる山々、南東方向には篠ケ峰と岩屋山が存在感を示している。 市原から北上する時にはるか上空に見上げた鉄塔の山(684ピーク)が眼下にある。なかなかの高度 感だ。
ゴジラの小ビレ絶景ポイントから鉄塔ピークを見る

 しっかり食料補給したところで下山にかかる(11時15分)。帰路の距離を考えれば元来た道を戻 るのが一番、30分足らずで清水坂に下り着くと、林道を軽快に下って12時20分雲門寺の下山口、 途中西脇市内を最短で抜ける筈が道を間違えたりしたものの、13時40分滝野社まで戻ってきたとこ ろで昼食。あとも風をものともせず快調に飛ばし、16時01分家に帰り着いた。        (本日の走行距離 177km) 2001年5月12日(土)篠山/波賀尾岳(2.5万図 宮田)  「富士に似て ふじにはあらぬ 大山の 波加尾か嶽の 雪の曙」…大山村史に西行法師の作と伝え られる歌に詠まれた波賀尾岳は丹波大山駅の北西3.5kmに位置する392mの小さな山である。山 名の由来については慶佐次 盛一氏の『兵庫丹波の山』(下)に「波賀」=「墓」で死者の霊が一旦留ま るという端山信仰を伝える山ではなかったかと推察されているが、真偽のほどは別にして古来より標山 (しめやま)として重要な役割を担っていた山である。  標山とは古代、民族が移動する際、目標(標的)としていた山で、多紀郡においては三嶽とこの波賀 尾岳がそれにあたる。『多紀郡郷土史話』には「的山(はがやま)を目標として聚った民族は大国主神 の神裔氏族であることは神田神社の郷にあることによって知られる」云々とある。(個人的には白髪岳 の南東麓にも「波賀野」という地名があり、往古「波賀野山」という郷土力士まで生んだ白髪岳の方が 標山らしいとは思うのだが、どうだろう)  さて、そんなシンボリックな山なら一度訪れてみようと5時33分出発する。時間に制約があるため ロードだ。最近どうもラクしようとしている。出だしこそパッとしないスピードだったが、赤坂峠へ登 る途中、どんどん抜いていくトラックの後方に起こる空気の渦に乗っかりながら加速を繰り返している うちに久しぶりの快走ペースとなり、古市では過去2番目のAVE.を記録、7時36分に北麓にある 神社の前に到着する。
波賀尾岳

 神社へ向かう道には2mほどの猪垣のネットが塞いでいるが、1ヶ所ワイヤーをはずせば簡単に跨い で入れるようになっている。鳥居をくぐって苔むした石段を進む。鬱蒼とした杉木立。広い。  最近建て替えられたのであろう新しいお社の横から左手に進み、林道然とした道を行く。この道はす ぐに行き止まりとなるが、左手の尾根筋の方を見上げると尾根直下に小屋が見える。小屋の方に向かっ てシダに覆われた植林の中を登ると踏跡がある。どうやらこのルートを選んだのは正解だったようだ。 なにしろ今日は暑くなりそうなので、夏用のレーサーパンツで来ており、ヤブだったら足は切り傷だら けになるところだったのだ。  すぐに尾根筋に出るかと思われた踏跡は尾根筋に並行しながらトラバースを続け、2つ目の小屋を過 ぎたあたりから谷筋の上部を巻きながら下っていく様子。尾根筋まで距離にして5mもないので適当に 登れば山頂と西のCa380ピークとの鞍部。行き過ぎてしまったらしい。雑木に変わった尾根筋にも 踏跡がついている。東へ戻りながら短い急登をこなせば、突然視界が開ける。山頂到着。登り始めから 20分もかかっていない。  大山荘の風景が広がる山頂には「平成13年3月 大山郷づくり協議会整備」と書かれた白い標柱が 立っている。つい最近整備されたばかりのようである。これなら麓にある小学校からもラクに来れそう だ。北側の一角には冒頭で引用した郷土史話の説明板やこの山を歌詞に歌いこんだ小学校の校歌(2番) が書かれた説明板が立てられている。  展望はどうかというとこれが凄い。南は白髪、松尾の両山から南西方向に高山、天狗山越しにテンロ ク、妙見山。西から北西に廻って高畑山、馬頭、金山、譲葉山。北には黒頭峰、夏栗山。その間から三 尾山が頭を覗かせるという面白い構図。北東にかけては鋸山、そして西ケ嶽、三嶽、小金ケ嶽が揃い踏 み。
頂上より南方面(白髪、松尾)

 白髪岳から東の方に目を転ずれば、摂丹界の太平三山、高城山、その奥にかすんではいるが、弥十郎 ケ嶽山塊が堂々と鎮座、右肩奥に大野山まで見えるという贅沢な内容。こんなに低い山なのにこれだけ 見えるなんて全く予想もしていなかっただけに大満足。低山徘徊派にとってはまさに標山だ。時間の経 つのも忘れて山座同定を楽しむ。  下山は稜線沿いに北に下りる。明快な道がつけられている。直下の山側には小さな祠が祀られている。 道は小学校の方へ下っていくようなので尾根を直進、途中から見当をつけて植林の急斜面を一直線に降 りれば5分で例のお社の横に見事着陸。 (本日の走行距離 103km)
丹波大山、宿場町の雰囲気が残る

2001年5月13日(日)山南/イタリ山〜石金山縦走(2.5万図 谷川、中村町)  中高年のハイキングブームがいわれて久しい。高山、低山を問わず中高年ハイカーは多い。山で若い 女性の姿を見かけるなんてことはまずない。若い女性層というのは「山」とは対極の世界に位置する存 在だと思っていた。だが、昨年暮れから始めたこの「ヤブ山歩き」を通して、それは誤りだということ を知った。若い女性が山の世界にいないのは、単に今までそういう機会に触れることがなかっただけの ことなのだと。  というわけで今回の日程を決めたのは彼女達。希望に合ったコースを私がセッティングするという合 わせ技で「第4回 ヤブ山歩き」を開催する。本日のメンバーを紹介しておこう。コンパス姫、ミスB、 ミセスF、トレックF代の前回組。そしてニューフェースI嬢の計5人である。  大阪駅発7時55分の列車に8時23分宝塚から乗り込もうと、先に東西線経由でやってくるトレッ クF代を待つが来ない。乗り遅れたのだろうか。気をもみながら上記の列車に乗り込むと、「あとの特 急で追いかける」とメールが入ったとコンパス姫から報告を受ける。やれやれ。  篠山口駅でトレックF代と合流。体調いまいちといいながら一番しゃべっているのは彼女だ。わいわ い言っているうちに列車は谷川駅に到着。バスの発車時刻まで2分しかないのでダッシュ、全員脱兎の 如く改札を抜けるとバスに飛び乗る。悲しいかな全員こういうのは大得意だ。  井原で下車、山南であい公園にあるイタリ山登山口から出発(10時07分)。今回初参加のI嬢を 2番手にして登り始めるが、いきなりスローダウン。慣れてないところへもってきて、下山後薬草風呂 に入るということでたくさん荷物を詰め込んできたのが原因らしい。彼女の荷物をみんなで分散して持 ち、軽くして再出発、10時30分にイタリ山の山頂に着く。  小休止。I嬢の顔色がよくない。ちょっと心配だ。本人も周りのみんなが平気な顔をしているので余 計に不安が募るところだ。呼吸を整えたところで縦走に入る。次の308mピークに向かう急な下りで ミセスFが派手に滑り落ちる。それを見て固まるI嬢。ものの見事な滑りっぷりにミセスF、テンショ ンが一気に上がり以降絶好調の歩きを披露してくれる。  11:08、308ピーク着。トレックF代から、出ました、弁当タイムの要請。「まだ早い。」I 嬢の足取りが心配だが、彼女の後ろについたコンパス姫とミスBがフォローしてくれリズムをつくれば 予定通りのペースで田高坂に。
田高坂への下り

 ここはいつも涼しい風が吹き抜けていて気持ちがいい。寛政8年の銘が入ったお地蔵様も健在だ。石 仏に刻まれた銘についてミスB、ミセスFとひとしきり考察をしたところで、ようやくお地蔵様に気が 付いたトレックF代。「墓石かと思った」とコンパス姫。何とかしてくれよこの二人。  306ピークを越え次のピークに向かう手前で昼食に(11時48分)。展望を楽しみながらの昼食 といきたいところだが、今日は夏を思わせる暑さ。木陰の平坦地に移動してミスBが広げてくれたビニ ールシートの上で食事を摂る。幸せいっぱいのトレックF代、いつも一番豪華なのは彼女の弁当だ。  30分ほど休んで行動再開。本日一番の急登に加え、最後に岩場の登りが待ち構える。不慣れなトレ ックF代、コンパス姫もやや苦戦、なんとか登りきってどうにか難関突破。12時50分、「滝の方展 望台」に到着する。もうここまでくればあともう少し。「頂上まで100m」の標識が出てくると最後 の一登り、グイグイと高度感が増す登りは何度来ても500mそこそこの低山とは思えない迫力がある。
頂上に到着記念撮影

 13時12分、石金山山頂に到着。後続が登ってくるのを迎える。「お疲れさん」。「石金山山頂」 と書かれた標柱を囲んで記念撮影。切り株の「イス」に思い思いに腰をおろして休憩する。ここは丹波 でも第1級の展望台。何度か一緒に登るうちに彼女たちにとってもなじみのある山が増えてきたようだ。 20分ほど展望を楽しみ下山に入る。下山は小新屋観音方面へ。一気の下りにいい加減膝にきている女 性陣、真ん中あたりでミセスFが、下山口近くでトレックF代がずっこける。40分ほどで下山。さあ 薬草風呂が待っている。ちょっと心配だったI嬢からもその晩コンパス姫宛にまた連れてって欲しいと メールが入ったという。よかった。           2001年5月19日(土)篠山・園部/嶽筋〜満燈山(2.5万図 福住、埴生)  自転車で北摂通いを始めて今年で9年目、結構くまなく走り、登ったつもりだが、まだまだ空白のエ リアも多い。今日はそんな空白エリアの一つ、北摂最奥部深山の北側一帯を訪れてみることに。以前か ら気になっていたエリアではあるが、MTBでは難渋しそうなのと、どこかに自転車をデポした場合ど うやってデポ地に戻るかという問題があることから訪れる機会がないままになっていた。  ところが、「かねちゃんのホームページ」でもおなじみの妻恋地蔵さんこと広谷良韶氏の著書『低山 趣味』を読んでみると地形図には載っていない林道もあるよう。これらを利用すればいくつか周回コー スがとれるかも知れない。まずは深山北尾根を半分ほど辿ってみることにする。  5時31分今日もロードで出発。川西能勢口回りで泉郷峠、天王を越えて安田(福住)に入るのはい つもと同じ。若干風に悩まされながらも7時52分に天引峠に到着する。何度も通過したことのある峠 だが、南側の林道に入るのは初めてだ。ロードを停め、春秋用の長いレーサーパンツに履き替えて嶽筋 目指して出発する(7時58分)。  林道右手の尾根筋とはそれほど標高差もなく一番目の鉄塔も植林を透かして見えているが、林道を直 進、急斜面を登ってNo67鉄塔との分岐あたりに出る。府県界尾根には関電の巡視路が続いている。 道なりに西に歩くと頭上が開け嶽筋山頂に着く(8時15分)。低い雑木にクモの巣がいっぱいかかっ た山頂は展望もなく西側に若いホオノキが目立つだけで、3等三角点を確認してすぐに戻る。  府県界尾根を南に下るあたりは全くのヤブだが、すぐにNo68の鉄塔に向かう巡視路と合流、鉄塔 からは八ケ尾から多紀三山が見える。巡視路から離れて高山頂上近くに回りこむとこれから向かう満燈 山を間近に臨むビューポイントが現れる。西側には3月に歩いた桂山から仁入道ケ嶽の稜線、更にその 奥に丈山の山並みが続いている。南には深山へと続く長大な北尾根が横たわり、北摂最奥部の山懐の深 さを演出してくれる。
高山頂上付近から満燈山満燈山南西尾根にて

 高山から南に向かう。このあたり見通しのきかない雑木ヤブで最も難しいところだ。踏跡もなければ テープの類も一切ない深山幽谷の世界を堪能することができる。歩きやすいところを選びながら下った せいで、府県界より兵庫県側の谷に下りついた(8時48分)。「間谷 安口(はだかす)両区有林」 と書かれた札が立っている。南側左手に谷を見ながら正面の植林の山を一気に登る。また府県界の稜線 に合流したようで踏跡が現れる。489ピークより西に200mほどの地点か。南の園部側は植林帯、 北の篠山側は雑木林。歩行速度もアップの歩きやすい径が続き、稜線に乗っかってから15分、丸く広 い満燈山山頂(567.8m)に到着(9時14分)。  落葉高木の雑木に覆われたピークでナチュラル度がアップした能勢三草山山頂といった雰囲気。登頂 標など一切なく中央に石柱が木にもたれかかって立っているだけ。それでも青や黄色のテープが残され ているところは、これまで辿ってきたルートからすれば人の匂いがプンプンといったところか。小さな 岩に腰掛け軽食タイムとする。雑木を渡って涼やかな風が吹いてくる。
満燈山山頂直下より深山

 15分ほど休んで行動再開。稜線を南西に下る。テープの類が多くなる。山頂から少し下ったところ にちょっとした岩場があり、その横、植林のネット越しに深山北面が見渡せる展望ポイントもある。5 26ピークから舩谷山に続く稜線も展開しているが、本日の行程はここまで。鞍部に下りK153のプ ラ杭からガヨの谷に続く林道めがけて植林の斜面を下るとものの2分もしないうちに林道に出、すぐに 「ウドの谷」の札が立っているポイントに出る。こんな奥まで林道が伸びてきているとは想像もしてい なかったのでビックリ。あとは林道をのんびり歩きながら「蛇岩」を眺めたり、滝を覗き込んだりしな がら天引林道に合流。10時15分、大日如来の石仏の横から斜面を登って天引トンネル工事現場に入 る。初めて見るトンネル掘削機の横を通って旧道を登りゴミの多い斜面を右手にみながらロードのデポ 地に戻る(10時30分)。トンネルができるともう大日の谷を辿ることはできないかも知れないが、 現在の峠道は対向車を気にせずにガンガン攻めることができるいい自転車専用道になりそうな予感も。 (本日の走行距離 109km)

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