山を駈ける風になれ2001年11月号

 
2001年10月13日(土)園部/美女山周辺(2.5万図 園部)
美女山は園部の中心部から北西に6kmほどのところにある山。先週の美ヶ原と“美”つながりで
選んだわけでも、美ヶ原と女鳥羽川の頭文字をつなげたわけでも、ましてやここのところ美女に久
しくお目にかかったことがないから選んだわけでもない。
7月に福知山の姫髪山に登ったときに、「丹波女性名シリーズ」と題して2週連続で登ろうとした
のだが、いきなり姫髪山でヤブ山の洗礼を受け、涼しくなるこの季節まで延期していたものである。
ヤブ山だときいていたので、MTBはお休み、ロードで現地に向かう(5時50分)。風は強いが
快調なペースで川西能勢口を回り、県道川西篠山線を北上する。が、徐々に風におされスピードダ
ウン、それでも天王まで1時間50分はなかなかのもの。ここから福住までのダウンヒルは一番楽
しい時間帯になるのだが、北からの風が強く思うようにスピードアップしない。たのみのトラック
によるスリップ・ストリームも肝心のトラックが来ないまま安田の大杉の前まで下ってきてしまっ
た(7時53分)。
さすがに雲海の季節、篠山盆地は丹波霧に包まれ、真っ白な世界が広がっている。これからしばら
くは篠山まで来ればこの光景に出会える。
小芋で右折、何を考えていたのか、気が付けばどうも道がちがうようだ。ゴルフ場の大きな看板の
ところを左折するのだが、道はだんだん南に振っているではないか。進行方向には「鳳鳴ゴルフ場」
、え、どこのゴルフ場だっけ?いいかげん上ったところで停まり、地形図を見ようとウエストバッ
グの中を探せば「無い」。忘れてきたようだ。コンパスもない。お菓子もない。
間違っているのは確かなので戻る。途中で分岐が現れたので右折、グイグイ上っていくと、地道の
林道になってしまって行けない。どうやら三国岳の北側へ下ってくる道のようである。
また来た道を戻っていくと、あった「篠山ゴルフ場」の看板。「鳳鳴」ではなくて「篠山」だった
のだ。こんな紛らわしい名前やめてくれ!(といっても篠山方面に詳しくない方は「篠山」と「鳳
鳴」が何で紛らわしいのかわからないかも知れないが)
ようやく軌道修正完了。舗装路で間違うのだからこの先が思いやられる。ましてや、美女山方面の
地理ははっきりわかっていない。須知の集落から見てすぐ東の山、ということだけしか覚えていな
い。

美女山南麓
美女や〜い

だいぶロスした。口八田の交差点に8時55分到着。北に向かって走ればR9との合流ポイント。 ここでまたもやややこしいことが。家に置いてきた地形図にも載っていなかった京都縦貫道の合流 点が現れる。「天橋立まで70km」とある。そんなところには行かない。目の前に見える山はど う見ても美女山だ。道路を渡って細い道に入り、電柱を見れば「市森」。間違いない。 さて、登り口である。『京都丹波の山』には「ゲートボール場から山に向かってNHKのケーブル 埋設の道が」とあったのでそれを探しに。ゲートボール場らしきものはすぐに見つかった。ケーブ ル埋設している、とも書かれてある。だが、木が生い茂ってどこにもそれらしきものは見当たらな い。もっとあっさり登れると思っていたので、半袖、半パン。これじゃあ、キズだらけになってし まう。おまけに地形図も持ってきていないときている。 結局、美女に振り回された、ということにして中止、近くにある名勝、琴滝を見に行くことにする。 琴滝9時38分着。落差43m、岩肌を伝って落ちる流れが13絃琴の糸を想わせるところからつ いたという。遊歩道が付けられ、ライトアップの設備も整っている。紅葉の時季はさぞかし見事な ことだろう。ぐるっと一巡りして帰路につく。
琴引の滝滝上から滝壺を見る

昔、走った時に辛かった観音峠隋道への上りも意外に簡単にクリア、市森から20分で園部の街中 まで戻ってきた。とここで本格的な雨。それまでにも小雨は降っていたが、天気予報はどうなって いるんだ。結局能勢に戻ってくるまで雨(川西は晴)、昼過ぎには帰ってきたが、迷走したおかげ でえらく長いツーリングになってしまった。       (本日の走行距離 144km) 2001年10月20日(土)三田/日出坂峠、焼山(2.5万図 藍本) 三田市と篠山市の境、JRでいうと福知山線藍本駅と草野駅の間にある日出坂峠は以前から一度訪 ねてみたいと思いながら果たせていない峠の一つである。自宅からだと片道36〜7km程度、中 途半端な距離にあるため、そのうちにと先送りばかりしてきたが、今朝はちょっと体が重たいので これ幸いにと予定を変更、MTBで向かうことにする。 5時51分、R176を走り出せば足が重い。おまけに風が強いときている。調子が良くない時は すぐ風が気になる。そうはいうものの赤坂峠までをなんとか平均20km/hで通過、徐々に追い 風を受けてスピードアップ、道場付近では37〜39km/hとMTBとは思えないような速度を 維持、余勢をかって古市まで走る(7時25分)。 霧もすっかり晴れた。今日は先を急ぐツーリングでもなし、ゆっくりと周辺のお寺を訪ね、集落の 中を通る道を流し草野駅まで戻ると地形図の実線の道を南下する。地形図ではすぐに破線の道に変 わるように書かれているが、実際は3m幅の舗装路が続いている。がこの道はどんどん線路の方に 接近していく様子、ちょっと戻って山側に分岐する草深い道に入る。 もう人が通らなくなってからどれくらい経つのだろう、ヒザ上までの草に加えて、タケが倒れ掛か っている歩きにくい道だ。倒木も何度となくまたぎながら鞍部を目指して進んで行くと、やがて、 細い山道となり、そのうちどれが道かわからなくなり、とうとう完全なヤブに突っ込んでしまった。 本当にここに道があったのだろうか。面影はどこにも残っていない。MTBをおいて周囲を探って みたが、ルートは合っているようだ。しかし状況を言えば、古坂峠(篠山市後川上と日置を結ぶ旧 道)以上の荒廃ぶり。MTBを担いで行くのは無理と判断(8時11分)、もう一本の道、トンネ ルのすぐ北側で線路を東側に渡っている破線の道に賭ける。
右の道は途中で消滅
左の道は線路で行き止まり
トンネルの 前で道切れる

これは先ほどの簡易舗装の道である。線路の下をくぐる道でもあるのだろうか。倒木を乗り越え、 もと来た道を戻り、簡易舗装路を行って見ると、そのまま線路にぶち当たってジ・エンド。ヤブを かき分けて南側を見ればすぐ先にトンネルが見える。と快速が目の前を猛スピードで走りぬけて行 った。突き当りの場所は線路より1m以上低いので、列車の車輪が目の高さを通過していくことに なる。 地形図通りに辿ろうとすれば、この目の前の線路をMTB担いで越えなければならない。だが具合 の悪いことに複線化でもう一本作ったトンネルのおかげで幅が広くなっており、更に上り側の線路 は一段高くなっている。見通しは悪いし、近くに踏み切りもないから、電車がいきなり現れる感じ になる。線路の向こうに道が残っていればいいが、なかったときはまた決死の覚悟でMTBを担い で戻ってこなければならない。 これを強引に突破できるのは島田氏の友人のM氏くらいか。レールをまたいだ瞬間に障害物として 検知されるかも知れない。やめよう。一旦戻り、三田側からアタックを試みることにする。 三田側はR176から北西に実線の道が分岐しており、舞鶴道の橋の下をくぐっている。上手くい けば線路を挟んでご対面となるかと走ってみたが、高架下のトンネルを抜けたところにバリケード が…。蹴破れば行けるが、どう見てもそこから先は完全なヤブだ。もはや日出坂峠は完全に無くな ってしまったようである。高架下を戻り、舞鶴道が見える通り抜けできない現代の“日出坂峠”を カメラに収め、次の目的地、焼山へ(8時40分)。
現在の日出坂峠

2年前西鎌倉山に登った時に使った林道を走る。何度か木橋を渡るが、きれいに付け替えられてい る。関電巡視路「火の用心No37、38」のところで西鎌倉山と焼山の鞍部に向かう。7分程度 で鞍部、赤い留め置きテープの続く雑木林の中に続く小径をいくこと15分で焼山山頂に(9時2 6分)。中央に「山」と書かれた石の界標、1mほど離れて4等三角点が埋まっている。ドングリ の王冠がいっぱい落ちた静かな山頂である。展望がないので、西鎌倉山山頂南西側にある見晴らし のいい岩場を求めて登り直したが、2年半の間に木が茂ったのか、雄岡、女岡、淡路島まで見えた 展望岩からは何も見ることができなかった。 (本日の走行距離 91km) 2001年10月27日(土)市島/戸平峠周回(2.5万図 市島) 丹波の秋も一段と深まりツーリングには絶好の季節となった。先週ショートコースだったこともあ り、今日はロングコースを、ということで表題の峠を京都府三和町回りで走ることに。 午前5時現在の気温10.7℃。少し肌寒いが自転車にとってはこれくらいの気温が一番ラクだ。 夜が白みはじめた5時54分、ロードにまたがってスタートする。風は弱いとの予報だったが、意 外にも結構吹いている。おまけに対向車、とりわけトラックが多く、赤坂峠は自己ベストより30 秒ほど遅い平凡なタイムで通過。 その後ペースを淡々と刻みながら走っていると、藍本のあたりから丹波霧の中に突入、真っ白な世 界に変わる。篠山口、宮田と通過、栗柄峠へ向かう道は風も弱く上りにも拘らず30km/hペー スを維持したまま、8時栗柄峠に着く。いつもより早くなった。気をよくして鼓峠へ。気温9℃の 表示が。峠を越えて下りに入ると前に一台コーナリングが下手な車が…。すぐに追いついてしまい どうにも走りにくい。結局鼓峠から15分かかって本郷に。ここでまたしても深い霧。菟原へ続く アップダウンの連続する山里コースはレース気分が味わえるお気に入りのコース、R9合流後もア ップダウンを楽しむ。カウンター気味に現れる上りをどうクリアしようか考えながら50km/h 超の速度を更に加速させながら下りに突入していると、目の前に飛び込んできた交差点名「芦淵」。 おっとここを左折するんだった(8時40分)。 霧もすっかり晴れ上がり少し色づいた雑木山が青空に美しく映える。ここから走る府道59号線は 初めての道、ゆっくりと紅葉を楽しみながら戸平峠へ向かうことにする。山間を分け入っていく道 にしては道幅がありすぎ、ちょっと趣きに欠ける。出会った車も農作業の軽トラとゴミ収集車だけ、 本当にこんな広い道が必要なのだろうか。 京都府三和町から兵庫県市島町に入ってすぐのところに不動明王とお地蔵さんが2点セットになっ た祠が。記念に写真を撮る。改めて戸平峠が府県界ではないことを知る。南西に向かっていた道が 北西に転じるようになればいよいよ峠への上り、ギアを軽くして上りに備えながら大きなカーブを 一つ越えるとすぐに戸平トンネルに(9時03分)。
二体の石仏。左は不動明王。右は地蔵菩薩。戸平トンネル。交通量ほとんどなし

あっけないほど簡単に着いてしまった。相変わらず通る車とて無い道。トンネル入口の内壁にレー サーを立て掛けゆっくりと記念写真を撮る。 トンネル内を加速しながら抜けると、待ってました!、道幅も急に狭まり1.5車線のワインディ ングロード。「いい雰囲気じゃない」と喜びながら走っていると、如何せんもともと標高差があま りない道、あっという間に上牧の集落に。またまた霧だ。どの辺を走っているのかわからなくなる。 こういう時は道端に立っている電柱が唯一の情報源になる。「キタ」の文字が。喜多か。なるべく 妙高山の山裾を回ろうと考えていたので、軌道修正、南(集落の名前)に入り、小多利への細い道 を進む。 妙高山麓は古代遺跡の多いところで、二間塚古墳に立ち寄ったり、銅鐸が出土した遺跡(名前忘れ た)を見たりしながらと、しばらくのんびりモードに切り替える。
二間塚古墳

それにしても相変わらず霧が晴れない。10時前、柚津あたりでようやく三尾山がその荒々しい姿 を見せ始めた。「おお、いつもの山並みが戻ってきた」と変な感動。霧が晴れ上がる三尾山は雲海 湧く3000m級の岩峰のようにも見えるから面白い。 東中山で県道69号線に戻るとあとはいつものコース。栗柄峠へのつづら折りの上りも工事が徐々 に進み、車のことだけを考えた味気ない道になろうとしている。いつまで“気分はツール・ド・フ ランスの山岳ステージ”が楽しめるのだろうか。10時21分栗柄峠まで戻ってくると、やや向い 風気味に変わった秋の丹波路。途中、遅めのモーニング休憩を摂ったりしながらも走りを楽しめば 13時03分心地よい疲労を残してゴールイン。  (本日の走行距離 160km)      

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