山を駈ける風になれ2001年12月号
2001年11月10日(土)北摂/紅葉見物ツーリング(2.5万図 福住他)
朝起きれば雨、ある程度覚悟していたとはいえ、先週と同じような展開にモチベーションもいっき
にダウン。昼から晴れるといわれても昼からではどこへも行けない。念のために6時前のNHKの
天気予報で近畿地方の雨雲の分布をチェック、京都丹波地方は大雨だ。
今日は丹波のたぬきさん主催でイタリ山〜石金山縦走をやると笹倉さんからメールを頂いていたが、
どうされるのだろうか。のんびりと新聞を読む。三田の方広寺の紅葉が見事だと載っている。天気
が回復すればのんびりと紅葉見物にでも出かけることにしよう。と思っていると8時半頃から急速
に天気回復の兆し、気合を入れなおして9時ロードにまたがって出発する。
路面は濡れているが、すっかり青空が広がっている。思いっきり飛ばしたいところだが、やはりこ
の時間になると交通量が多く、そうは行かない。おまけに風速10m/s前後の風が吹き荒れてお
り、減速を余儀なくされる。
ペースがつかめないまま走っていると、銀橋でアルカンシェルをあしらったジャージを着たローデ
ィー発見。向い風にも拘らず快走を続けている。しばらくこの“世界チャンピオン”の後ろについ
てラクさせてもらうことに(注1)。
移瀬までひっぱってもらったところで声を掛け前に出る。30代くらいだろうか、私よりも身長が
ありそうな大きな人だ。前に出たところでいっきにスパート、振りきる。全く後続が見えなくなっ
たところでペースを落とし通常モードに切り替える。今日はのんびりツーリングをするつもりだっ
たのだ。
ところが何と紫合の手前で“アルカンシェル”に逆転を喰らう。いつの間に追いついてきたのだろ
う。紫合の交差点で追いつき話をする。旭国際(GC)から西へ回るという。こちらは泉郷峠越え
で三田に入る。ひょっとするともう一度どこかで会うかも知れない。
万善で別れ、一路北へ。ものの5分も行かないうちに時雨てきた。杉生を通過する頃には“本降り”
に。相変わらず10m/s前後の向い風は吹き荒れている。こんな光景いつかあったよな。ちょう
ど1年前の同じ11月第2週、一泊で福知山の鬼ケ城へ行った時だ。杉生新田まで来ると少し雨脚
が弱まってきた。ゆっくりと泉郷峠へ向かう。雑木林の紅葉が美しい。峠手前でカメラに収める
(10時45分)。
今日の目的地は方広寺ではあるが、本当は籠坊温泉にあるイチョウの紅葉が見たかったので、泉郷
峠を越えたのだ。が昨夜からの雨と強風の影響だろうか、大イチョウの葉はすっかり落ちてしまっ
ている。そのかわり鄙びたお堂の前の境内は一面に黄色い絨毯で覆われ薄暗い雨模様ながらそこだ
けが、明るく輝いて見える。
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しっとりとした紅葉の泉郷峠 | 篭坊温泉 |
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イチョウに見とれてゆっくりし過ぎたようだ。ちょっと寒くなってきた。時雨れる籠坊温泉を抜け
後川上で缶紅茶を飲んで温まる(11時08分)。
さあ、再び出発と走り出せば前方から“アルカンシェル”ジャージのローディーがやってくるでは
ないか。やはり逆周りで走っていたようだ。今度はこちらが追い風を受けて走る番だ。羽束川沿い
の道をいっきに下る。とはいっても風が巻いているので突然横風になったりで一定して走れない。
かなり天気は回復してきた。11時35分、方広寺に着く。見事なモミジの老木が一本、新聞の記
事のせいか観光客も多い。カメラを持って中に入ろうとすると受付に座っていたおばあさんにカメ
ラの持ち込みを断られムッとなる。この情報化の時代、もっと広くオープンにした方が賢明なので
はないだろうか。税金も払ってないクセに(非課税)と思うと余計に腹が立つ。やはり紅葉は“天
然もの”が一番だ。大荒れの風の中爆走のうちにゴールイン(13時43分)。
注1:白地に虹色の横シマ模様が入ったジャージは「アルカンシェル」と呼ばれ、世界選手権で優
勝した者だけが、1年間(次の世界選手権まで)着ることを許されている。ロード、トラック、M
TBなどそれぞれ種目別のチャンピオンにアルカンシェルは与えられる。
(本日の走行距離 100km)
2001年11月11日(日)篠山/笛吹山〜大期山(2.5万図 宮田、篠山)
2日連続で走る。穏やかな晴天の下、多紀連山南部の表題の山をつないで歩くことに。6時10分
ロードで出発。今年一番の冷え込みと聞いていたので道中深い霧を覚悟したが、ほとんど視界を妨
げられることもなく篠山の街中を抜け、8時21分大売神社に着く。
「おおひるめ」と読む。1000年以上の歴史がある神社だ。登路の有無は不明。『兵庫丹波の山』
の慶佐次先生も2座をつないでの縦走はされていない。笛吹山も南麓から登っておられる。だが、
神社とかお寺の裏から山道は付いているものだ。本殿の後ろにロードをデポし、「山ノ神」の石標
の横から上がると、東に道があるではないか。
竹林の中を人の手で作った道だ。もう誰も通らないとみえて、かなり荒れている。歩き始めて5分
くらいで道は黒岡川に並行に北を向く様子。尾根筋に踏跡らしきものを見つけCa300mライン
に乗る。赤テープの類も一切ない気持ちのいい雑木林の中をゆっくりと歩いていく。ところどころ
ヤブに阻まれるところもあるが、視線をイノシシと同じところに置いて見ると道が続いているのが
わかる。体ごとヤブに突っ込んだり、倒木をかかと落しで粉砕したりしながら8時58分、笛吹山
山頂到着。
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大売神社本殿右横にある石標 | 平坦な山頂〜笛吹山 |
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周囲に溝が切ってあり、そこだけが一段高く平らなことから山城の址とすぐにわかるが、雑木に覆
われ展望は無い。休憩もそこそこに北北東に進路をとる。明確な踏跡が現れるがすぐに姿を消して
しまう。進行方向の前方、南北に一段高い大期山につながる尾根が見える。笛吹山から大期山を目
指したのには理由がある。逆だとこの南北の尾根から笛吹山へつながる尾根への下降点がわからな
いからだ。
この“読み”は正解。判然としない急斜面をよじ登って南北の尾根に乗る(9時23分)。もう少
しはっきりとした径が付いているかと思ったが結構腰をかがめないと歩けない径だ。しばらく我慢
して進んでいると徐々に“いい径”になってきた。これは快適、歩行も捗る。こんな状態が続いて
くれればMTBもOKだ。
標高400mラインを超える頃からは更に快適な径となり、右手はるか先には北摂の深山がはっき
りと見えるポイントも現れる。多紀連山特有の岩が顔を現し始めた。ぐいっと踏み込んで登ると絶
景ポイントが現れる。大期山の南西約200mのCa440ピークだ(9時38分)。
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Ca.440から南の展望。手前中央が笛吹山 |
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南がちょっとした崖になっており、申し分のない展望が広がっている。近くでは西に盃ケ嶽、篠山
盆地をはさんで南西に白髪岳、松尾山。更に南には鉄塔が建って可哀相な状態になってしまった中
尾の峰、愛宕山。そして三国岳。弥十郎ケ嶽、大野山も見える。眼下には篠山城大書院もはっきり
と見える。天気快晴、日当たりもいい。恐らく今日一番のビューポイントだろうと予想し、ここで
軽食休憩を摂ることに。食べながらの山座同定は続く。西光寺山、山南町の妙見山まで見えるでは
ないか。松葉がふかふかとしたピークで人が歩いた痕跡も無く最高だ。
10分ほど休憩し山頂を目指して歩き始める。明快な径は続く。と山抜けポイント現る。西側に大
きく崩れているのだが、他に歩けるところなく、崩壊部分の頭をトラバースするしかない。歩く後
から小石がゴロゴロと斜面を転がり落ち、ちょっぴりスリリングで面白い。
無事渡りきって改めて振り返ってみると、播州千ケ峰がくっきりと見えているではないか。転がり
落ちないよう注意しながらカメラに収める。
あとわずか。ひょいと登れば大期山山頂に到着(9時56分)。角の削れた3等三角点が埋まって
いる。三角点は南向きだ。日当たりはまあまあだが、疎林越しに西ケ嶽と三嶽が見える程度。しば
らく休んで南尾根を下ることにする。
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大期山頂上直下崩壊地より。中央奥に千が峰 |
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ここも山頂直下に崩壊地があり、展望が開けるポイントがある。特に4月にMTBで縦走した衣笠
山から行者山を同じ目の高さで捕らえることができてとても面白い。南尾根ルートはご多分に漏れ
ず、踏跡が現れたり消えたりのルートだが、忠実に尾根筋を行けば大丈夫。30分弱で新庄北の溜
池の横に見事着地、小春日和の山麓をのんびり歩いて大売神社まで歩いて戻った。
(本日の走行距離 103km)
2001年11月17日(土)篠山/寺内山(2.5万図 宮田、篠山)
2週連続で多紀連山南部、黒岡川周辺のヤブ山を行く。先週大売神社から川を挟んで真北にみえる
形のいい山が気になった。西ケ嶽から南に延びる支尾根の末端に盛り上がるCa440ピークなの
だが、地形図を見ると、その奥にも形のよさそうな477ピークがある。この2つを繋いで歩けな
いだろうか。
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寺内山 |
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6時16分出発。今日もロードなのは、下山後、久しぶりに仕事を利用してこちらへ戻ってきた横
浜のK氏と走るためだ。
ところで、表題に寺内山と記したが、地形図上は勿論無名のピーク。だが、寛政11年「丹波国図」
には“寺内山”の文字が。ただ、どのピークを“寺内山”と呼ぶのかは不明。寺内地区から見える
山ということでいえば、Ca440ピークかと思う。登ってみて山頂に寺の遺構でもあれば完璧な
のだが…。
そんなことを考えながら走っているうちに大売神社に着く(8時23分)。一息入れてから取り付
きを求めて走り出す。どこから登るか。いちばん判り易そうな477峰南東尾根を辿ることにする。
黒岡川沿いの道を北へ。地形図の250m等高線と道路が接する辺りに空手の道場とトラックの倉
庫がある。倉庫の裏手にまわると山に向かって道が付いている。20mほどで猪垣が現れる。道は
まだ奥まで続いているようだ。やった一発大当たりか。ロードをデポ、支度をして山道を歩き始め
る(8時35分)。すぐに墓場が現れる。墓地に続くだけの道かと思ったが、墓地を抜けても道は
続いている。どうやら本当に当たったようだ。途中背丈も没するほどのササヤブが現れたりするが、
道ははっきりとしており迷うことはない。10分少々で一本北の支尾根と合流、詩情あふれる径が
続く。ときおり西ケ嶽と三嶽が見える径を行くこと15分、登り口から27分で477ピークに到
着(9時02分)。
展望のないピークで缶ジュースやペットボトルの空き瓶が散乱している。松茸山なのでそういった
人たちが残していったものだろう。ピークを過ごして少し下ると三叉路に。一段と明確な山道が南
北に走っている。1m幅の落葉が堆積した道でこのまま右に歩けば西ケ嶽まで行けるかも知れない。
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477ピークを過ぎて三叉路 |
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今日は左へ。アップダウンもほとんどない歩き易い道が続く。松茸山のビニールテープが張ってあ
る。これならMTBもOKだ。10分ほどでNHKの小さなアンテナが4本建つポイントヘ。少し
ヤブがうるさいところもあるが、9時26分Ca420ピークに到着。ここも展望なし。樹間越し
に見えるのは岩谷山と中腹の岩谷観音堂、南西には盃ケ嶽も見える。
一旦下って登り返せばCa440ピーク、寺内山と思われる山頂に着く(9時35分)。頂上直下
に溝を切ったような痕があったので、これはと思ったが、山頂に着いてみると確かに平坦ではある
が、どうもそれらしき雰囲気はではない。軽食休憩するスペースも無いので更に南尾根を下る。
地形図では何度か岩場マークが現れるのだが、進路上には見当たらない。寺内山から10分ほど下
ったところにあるちょっと展望のいいスペースで軽食休憩を摂る。麓の集落の方から竿竹売りの声
が聞こえる。眼下には連日の晴天でちょっぴり霞んだ篠山城中心部が広がる。長閑だ。
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南尾根より太平三山。手前ピークは329mP |
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一息ついて更に南へ。末端の329ピークを越えたところで途端に道が無くなる。ルートを間違え
たわけではない。猛烈なヤブのため道をトレースするのが難しくなり少しでも通り易いところを強
引に突破して民家の裏に出てくる(10時08分)。
近くで農作業をしていた人に尋ねると今下ってきた329ピークは中世豪族の居館があったとのこ
と、また小川を挟んで南にある城山(古墳のように見える山)は地元では“じやま”と呼んで、こ
こも中世、居館があったのだという。そんな話を聴きながらデポ地に戻り、支度を済ませるとK氏
の待つ河原町までロードを走らせた。
(本日の走行距離 122km)
2001年11月23日(金)篠山/小坂535峰〜鋸山(2.5万図 宮田)
3週連続で多紀連山南部の超レアな山域を歩く。といっても今日は西多紀連山、鋸山の南麓、小坂
から林道伝いに535ピークに登り、地形図の破線の道が残っておれば、鋸山まで登っちゃおうか
というプラン。
535ピークへの取り付きはヤブっていそうなので今日もロードだ。6時25分自宅を出発。昨夜
美味しいお肉とワインを頂いた効果か、足がよく回り、赤坂峠を自己最速で越えると霧の中にも拘
らず各ポイントで最速記録を更新しながら8時28分小坂の一番南端にある神社に到着。視界20
m。依然として霧が晴れる気配はない。雲海展望の楽しみはあるが、初めての場所で取り付きを探
すには結構邪魔ではある。
北東にある溜池に向かって走る。舗装路は溜池の北端で終わり、草深い林道に変わる。堰堤のとこ
ろでロードをデポ、支度をして歩き始める(8時45分)。
地形図ではしばらく林道が続いていることになっているが、すぐに荒れ果てた状態となり、どこが
道か判らなくなる。5分ほど奥に歩いたところで谷川が右カーブ、ここで完全に歩ける場所が無く
なり、ええい面倒、とヤブを直登する。
登り始めてすぐにササとイバラの密生する雑木ヤブと変わり、いきなり後悔。1m1分の激ヤブ急
斜面登りだ。ヤブ漕ぎという状態ではない。とにかく目の前の木を掴みながら今より少しでも高い
所に体を移動させる、といった具合。
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535P南西尾根より。白髪岳、高山も見える |
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それでも15分ほど格闘すれば傾斜が緩くなり展望が開けてきた。直登すれば早い。周囲も若い植
林帯に変わったが、こういうところはススキとイバラの成長も著しいので、依然進みにくい状況に
変わりはない。目の前に535峰の頂上は見えているのになかなか思うように歩けない。頂上手前
もヤブなので軌道修正。ピークより50mほど西の尾根に出る(9時27分)。
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535P手前。イバラヤブがうるさい |
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地形図の破線が付いている尾根だ。赤いプラ杭が等間隔に現れる歩き易い径が付いている。これは
快適。ほとんど平坦な雑木林の中の尾根筋歩きを楽しむ。MTB連続乗車可だ。少し登ればCa5
20等高線に乗っかる(9時43分)。登り手前に高坂方面からと思われる踏跡がクロス、西の植
林帯の中に急降下している。どこまで径は残っているのだろうか。
雑木越しに鋸山最高部の姿が見えてきた。少し西に振って、急斜面を北に登れば鏡峠からのメイン
コースに合流(9時53分)。帰りに行き過ぎないように下降点に目印の枯れ枝を立てる。
さて、ここからは一度訪れたことのあるコース。岩場をよじ登り2分で鋸山山頂に立つ(9時55
分)。4年前に登った時よりも木が成長したのか、以前ほどゆったりとしたスペースは無くなって
しまったが、丹波屈指の眺望は健在、特に今日は南を向いても(篠山盆地)、北を向いても(氷上
盆地)雲海の眺めが素晴らしい。10時になってもこれだけの雲海が堪能できるとは…。
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鋸山山頂より |
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大江山方面まで山と雲海のサンドイッチ状態が果てしなく続いている。“氷上海峡”の北に目をや
れば明日歩く五台山から五大山に続く山並も海に突き出した半島のように見える。快晴無風、少し
暑いくらいの山頂で軽食休憩も今日はこれからまだまだ未踏のルートを辿るので15分ほどで下山
にかかる。
やはり下りは早いか、20分少々で535峰まで戻ってきたが、やはりここでヤブに阻まれる。南
尾根を辿ろうとしたが、かなりのヤブが予想されるためコースを変更、東南東にのびる尾根に道を
求めると、いきなり山頂東側にNHKのテレビアンテナ(高さ5m位の小さな家庭用アンテナ)と
NHKケーブル埋設の看板。そしてケーブル埋設を知らせる黄色い杭が埋めてある先には気持ちの
いい山道が下っているではないか。
常に一定の道幅をキープする山道はCa470岩峰手前で北東へ。落葉の絨毯を雪に見立てた“足
スノーボード”で激下りをクリア(2度ばかし滑って5mほど道の上を滑落)、最後は廃屋の裏手
から高坂の集落へ無事下山(10時49分)。クツの中に入った落葉を払って、あとは11月とは
思えない「暑い」日差しを浴びながらデポ地まで歩いて戻った。
(本日の走行距離 105km)
2001年11月24日(土)氷上/五台山〜五大山〜黒井(2.5万図 黒井)
僚店に勤務する女性達との「第8回ヤブ山歩き」。ヤブ山歩き1周年記念ということで表題のスペ
シャル縦走を行う。思えばそれまでフツーの登山道しか歩いたことのなかった彼女達にとって、倒
木を乗り越え、枝をかき分けての山行は驚きだったことと思うが、次第にこれぞ低山徘徊の真髄と
悟ったか、1年でこんなロングコースに挑戦できるまでになった。
本日のメンバーを紹介しておこう。まずは先月の美ヶ原トレッキングではずっと“Just the
Way You Are”(注1)で通したコンパス姫、同じく牛にもソバにもこだわりを見せ
ていたミスB、そしてファイト一発マシンガントークのF代の3人。1周年記念にミセスFがいな
いのは淋しいが、早く完治させて欲しいものだ。そこへ加えてスペシャルゲスト“ハリマオ”島田
氏、丹波のたぬきさんご夫婦もご一緒頂けるという豪華版。ヤブ山を舞台に「オヤジ・ギャグVS
マシンガントーク」バトルも楽しめるか…
注1:“Just the Way You Are”は73年に大ヒットしたBilly Jo
elの名曲。日本語タイトルは、そう「素顔のままで」…
7:15大阪駅発各停、7:44に宝塚から私と東西線経由のF代が合流するというパターンはい
つも通り。年末の納山会の予定などを話したりしているうちに石生駅に到着(9時15分)。あた
り一面乳白色の世界に包まれている。
島田さんとたぬきさんご夫婦は既に西出口でお待ちかね(気温4℃)、お互いに挨拶を交わしたあ
と島田さん達の車に分乗して登山口の独鈷の滝へ向かう。
9時50分岩滝寺の駐車場に車を停め支度をして出発。いきなりオヤジギャグを飛ばす島田氏。ま
だ彼女達の受入態勢は整っていない。見事な紅葉を愛でながら独鈷の滝へ。水量も豊富、三脚を構
える島田氏をはじめみな思い思いにカメラを構える。今日は長い。早くしないと雲海が消えてしま
う、と思う一方で初めて滝を訪れるメンバー達には氷上の素晴らしい景色を十分に堪能して欲しい
とも思う。
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独鈷の滝にて |
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10時05分、五台山にむけて出発する。いきなり美和古道の立て札が現れ辿ってみたい衝動にか
られるが、先のことを考え通常ルートを行くことに。凛とした空気の中、気持ちよいハイキングを
続ける。途中一つ岩で少憩、小峠を目指す。いつも私の後ろを元気よくついて来るF代が若干遅れ
気味だ。かなり厚着をしていたのでちょっと体温が上がりすぎてしまったようだ。
小峠を過ぎると五台山頂上まではあと800m、ここで島田氏、尾根を直登いっきに山頂を目指す。
残りの6人はハイキングコースを地味に辿る。
もう随分前から頭上には青空が広がっている。やっぱり遅すぎたかと思いながら五台山山頂へ(1
1時00分)。とどうだ。福知山盆地側は見事な雲海が広がっているではないか。あとから登って
きたF代、コンパス姫たちも初めて見る雲海に大感激のようだ。
連日の晴天続きで少し靄ってはいるものの正面少し低いところに姫髪山、その右奥に烏ガ岳、鬼ケ
城。姫髪山の背後、ひときわ高く見えるのは三岳山。残念ながら大江山は霞んで見えない。北西に
目を転ずれば兵庫丹波の盟主粟鹿山、その左手奥にはうっすらと氷ノ山が見える、と母たぬきさん
から教えて頂く。いやあ絶景だ。
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五台山頂上にて |
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ウエスト・ポーチから地形図コピーを取り出して現在地確認をするのはコンパス姫。随分歩いて登
ってきたのでどこまで来たのだろうかと思ったようだが、まだ序の口なのを知ってちょっとびっく
りした様子。これじゃないですよね、とかすかな期待を抱いて指した山は五大山。読みは一緒だが、
それはまだあの山の先と指差す。
無線をしたり、記念写真を撮ったりしながら15分ほど山頂でくつろぎ再び出発、まずは小野寺山
(645m)へ。この五台山の出先のような山の上も展望盤が設置されるなど眺めは抜群だ。一組
のハイカーが弁当を広げている。島田氏が走ったという親不知からクロイシへの縦走路などを確認、
記念写真を撮ったりしていると11時半になってしまった。F代には昼食は愛宕山で、と先に申し
渡してはいるものの、あんまり遅いようだと“腹減ったコール”がきそうなので、鷹取山目指して
出発する。
さあここからが本日のメインコースの始まりだ、というたぬきさんの言葉にF代たじろぐ。がいき
なりうって変わって踏跡程度の激下りの始まりに納得したか、「いつもの織田さんのコースですね」
といいながら腰は早くもへっぴり状態に。
歩く予定の山の標高だけを見ていれば徐々に低くなってはいるのだが、そう甘くはないのが本日の
コース、そこまで下らなくてもと思うほど下り続けたあとに鷹取山への激登りがやってくる。時間
にして10分内外で登りきってしまう短い登りなのだが、慣れていない3人娘は予想通り悪戦苦闘。
ロープが垂らしてあったりするものの、あまり信用するのもどうかと思えるシロモノなので四つん
ばいになって登ったりしている。
11時55分、鷹取山山頂到着。後続の到着を待っていると、やはり激登りでバラバラになったか、
しんがりを務めていてくださった父たぬきさんが現れ、続いてコンパス姫が元気に登場、母たぬき
さん、寄り道をしながら余裕の島田さんのあとからF代とミスBが到着する。ここも以前登ったと
きには無かった「鷹取山」のきれいな山名標が付けられている。
4等三角点の横には大正6年建立の「雷大御神」の石柱。落雷があって立てたのではないか、と島
田説。この山の姿を考えれば最も頷ける説だ。12時03分麓から少し遅れ気味のお昼のサイレン
が聞えてきたところで歩き始める。「次は愛宕山、愛宕山。昼食予定地でございます」。
鷹取山から15分、標高差にして100mほど下ったところに「市島町」、「氷上町」と県道脇に
立っているような標識が現れる。そう、ここも鴨内峠と同じように県道がまたいでいるのである。
「えー、これが県道?」、「でもバイクだったら通れるかも」とはコンパス姫。バイクはバイクで
もマウンテンバイクのみ通行可といったところか。このあたりはドウダンツツジだろうか、真っ赤
な紅葉が美しい。
緩い上りを越えればCa520の平坦な稜線に。鷹取山の登りで体力を消耗したか、いつも2番手
のF代ちぎれ、変わってコンパス姫が浮上する。今日の彼女は絶好調だ。「ペースを落とすと歩け
なくなるから」といって結構早いペースでついて来る。後続はかなり後方に下がってしまったが、
島田、たぬきのベテラン勢がいるので安心だ。
烏帽子山方面に向かうのではないかという分岐を右手に見送り、あくまでも主稜線を行く。ちょっ
と急な岩まじりの道になれば愛宕山はすぐそこ。ここでまたいっきに標高差100mを登りきると
見覚えのあるお堂の裏に飛び出した。愛宕山(570m)到着(12時52分)。ぴったり後ろか
らくっついて登ってきたのはコンパス姫。ひょっとして今日は私より速いんじゃないかと思えるほ
どの好調ぶり。「密かにトレーニング積んでない?」「独鈷の滝の行者堂にお祈りしたの」「霊験
あらたかなお堂やなあ」
13時、全員揃ったところで“お待たせ”昼食タイム。お堂の前の陽だまりで昼食を摂る。ミスB
から温かいポタージュの差し入れ。ヤブ山歩きメンバーお待ちかねの定番メニューだ。今日も一番
豪華なのはF代の弁当。食欲旺盛、これなら後半戦は爆発的な歩きが出るかも知れない。
ここで1時間くらい寝転んだり、オカリナを吹いていたいなという島田氏を放っていくわけにも行
かず出発環境を整えて13時30分再び歩き出す。次は五大山だ。京都愛宕山の遥拝所の横を通り、
急激に下って急激に登り返すと五大山に到着。569.2mの3等三角点は台座部分が地中に埋め
られずに地上に出たままになっている等とコンパス姫に説明をしていると、後続のたぬきさんご一
行到着し、島田氏がF代とミスBに同じ説明をしている。
五大山からは今日辿ってきた道のり、そしてこれから向かう行程がすべて見渡せる。黒井城址はと
見やるとヒエーッあんなに遠いの?
13時45分、引き続き進路は南。いったん下ってCa540ピーク。いったいこれで登り返しは
何回目になることやら。島田氏のオヤジギャグのように徐々に効いてくる“ボディーブロー”のよ
うなコースだ。「腰が笑っている」とはF代。「ひざ」は通り越したようで、相当ヘロヘロになっ
ている。なるい稜線部はともすれば道を見失いがちになるが、「ベル」と書かれた赤テープがくど
いほどに現れ、おかげでラクにトレースすることができる。
しばらく雑木の中に続く気持ちのいい道を延々と下って行く。木の枝にひっかかっている間にいつ
の間にか先頭は母たぬきさん。美声の歌声と共にスイスイと細い踏跡を軽やかに下って行く。楽し
そうな母たぬきさんの様子にコンパス姫と顔を見合わせて笑いながら歩く。
長い下りだった。下りきったところに明快な道がついている。南に下れば若宮神社に下る道だ。時
間を考えると黒井城址までは行けそうもないので、どこかで下りなければならない。結局ヨコガワ
峰を越えて大野坂から降りることにする。
歩き始めると山道に沿って塩ビのパイプが一部顔を覗かせている部分が…。「黒井城へ水を送った
戦国時代の遺構か?」「なんでやねん。塩ビやんか」「でもどこへ引いているのだろう」と口々に
言いながら進む。やがて、道は二手に分岐。ヨコガワ峰へは左手尾根筋が正しいと思われるが、そ
の先で合流するのでは、と島田氏の言葉に母たぬきさん、右手の平坦な道を島田氏と共に行く。
ところがいつまでたっても合流しない。我々5人組は赤テープに導かれて4等三角点のあるヨコガ
ワ峰に到着(14時42分)。アカマツを主体とした雑木林で展望はない。三角点の傍らに立つ木
には大柿氏のプレートがかかっている。あとの2人はどこへと思っているとしばらくしてやってき
た。どうやら南に下って行く道だったようだ。
一息入れてさあ出発だ。もう登り返しはない、という言葉に安堵の声をあげるF代。でもこれから
激下りが待っている。しかも道は不明瞭。山頂から東の方向に道が続いているように見えるが、南
東方向に下るのが正解。赤テープが続いているのが見える。これを辿って行く。しかしどこも道と
いえば道、どこも道でないと言えば道でない、という見通しのきかないルート。先頭に立った者が
コースアウトする度に先頭が変わる、という変な「先頭交代」を繰り返しながら激坂を下って行く。
後方でF代が派手にひっくり返っている声が聞こえる。そういえばさっきも大木をなぎ倒しながら
転んでいたと島田氏に冷やかされていたっけ。
視界が急に開けたと思ったら深い切り通しに飛び出した。これが大野坂らしい。父たぬきさんを先
頭に全員坂に下り立つ(15時07分)。市島町側に通じる道には倒木が重なり合ってはいるが、
しっかりとした道が残っている。
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大野坂 |
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「石仏があってもよさそうなものだが…」とあたりを捜索する島田氏。残念ながらここには無いよ
うだ。千丈寺山方面へは険しい登り返しが待っているが、今日はここまで。大野坂で記念撮影をし
下山にかかる。道幅はあるものの、これまでの落葉の絨毯道とは打って変わって、植林帯の中の荒
れた道、いい加減足にきている女性陣には休まる道とはならなかったようだが、15時20分よう
やく人家の横まで下りてきた。ここが大野の集落だ。
鄙びた佇まいに心を和ませるのはコンパス姫、島田氏は桜の古木の根元に祀られている不動明王の
石仏に心引かれている。石仏の足の指を接写している我々の後ろを怪訝な表情で眺めながら通り過
ぎていくトラクターが一台。怪しい石仏調査団と村人の目には映ったか。
山に沿った道を通って古河の集落に入ると、ここにも村のはずれに不動明王、賽の神、六地蔵と立
て続けに現れる“民俗学コーナー”が。
まだまだゆっくりしていたいが、日も西に傾いてきたので、興禅寺と黒井駅分岐の辻で3人とはお
別れ。充実感いっぱいの山歩きの思いを胸に晩秋の丹波路をあとにした。
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