山を駈ける風になれ2003年 9月号

 
2003年8月6日(水)岡山東部/伊部〜湯郷温泉周回
(5万図 姫路、播州赤穂、和気、周匝、津山東部、上郡)
去年に続いて今年も夏休みを妻の実家で過ごすことに決め、前日(5日)に宝塚から姫路へ移動する。移動も
ウォーミングアップを兼ねロードレーサーだ。
今回は姫路から岡山県東部の市町村周回を計画、途中立ち寄りポイントに備前焼の里伊部(いんべ)と美作東
部の温泉街湯郷温泉を入れて回ることにする。全線国道を走るので道路標識さえ見落とさなければ走れるが、
ルート上のアップダウンのチェックは必要。休暇直前に上記5万図を買い求める。

5時57分、熱帯夜のけだるい暑さの漂う姫路を出発する。交通量が多く、変化の少ないR2を避けR250
に出、一路西へ向う。早朝のR250は盆休みに入った御堂筋線状態。一直線に続く平坦路を独り占めといっ
た感じで快走。

室津(岩見港)

走り初めて10数分、左手に梅の名所で有名な綾部山を見ながら走っていくと、道路は室津への上りにかかる。 最初に小さな上りをこなせば岩見港、ここから“七曲り”と呼ばれる景色のいい上りをグイグイ走る。昨年走 った小豆島の東海岸を思わせるような景色だが、高低差は小さく平均速度28km/hをキープしたまま室津 を過ぎ相生市は鰯浜へ。 朝の涼しい間に距離を稼いでおきたい。白龍(ペーロン)城前を通過、高取峠への上りにかかる。本日の行程 で一番の上りである。標高は120mと低いがほぼゼロ・メートルからの上り、淡々と上り6時58分高取峠 を通過、赤穂市に入る。
播州赤穂駅

峠からの下りを50km/hで下り、坂越橋を右折、赤穂市の中心部、播州赤穂駅前到着(7時12分)。夏の 太陽が顔を覗かせ始めた。水分補給を摂ろうと立ち寄ったのに、駅前のロータリーに自販機が見当たらない。 景観に配慮してのことかも知れないが、フラっと立ち寄ったサイクリストのために駅舎まで上らなくても水分 補給できるようにして欲しい。結局1kmほど走ったところの街はずれで本日初めての水分補給を取る。 中心部をぬけるとすぐに道の両側は田園地帯に戻る。峠とも呼べないほどの小さな峠、鳥打峠(30m)を越え、 福浦峠(90m)の上りにかかる。と、前方をMTBに乗った若者2人組があえぎながら坂道を上っている。 MTBの両側にサイドバッグを付けたツーリング・スタイルだ。 真っ黒に日焼けした若者に追いついて行き先を問えば、決めていないと言う。行けるところまで行ってみよう というのか、それもよし。旅の成功を祈って先を行く。 単調な上り坂の福浦峠を越えると岡山県日生(ひなせ)町。峠を下りJRの線路を潜れば掛ノ鼻、海を見なが ら日生の駅前を通過する。3月にヤブ山歩きで大多府島を訪れたことを懐かしく思い出す。記念に日生諸島巡 りのフェリー乗り場の前に自転車を停めて写真を撮る(7時53分)。 更に先を行く。岡山ブルーラインの下をくぐり東備港へ。工場地帯を左手に見ながら西片上(8時14分)、 ゆっくり走って伊部の交差点に着く(8時25分)。
日生諸島巡りの船乗り場にて伊部(備前焼の里)

R250はここまで。東西を走るのはR2、北に向えばR374が始まる。交差点北西側のスーパーの自販機 コーナーで水分補給を摂り、備前焼の町並を散策する。昔ながらの細い通りの両側に備前焼の店が点在し、赤 レンガの煙突が見え隠れしている。 窯元の数は思ったほど多くない。お店はどれも敷居が高そうで、立杭焼のようにふらっと立ち寄れるという雰 囲気はない。これといった感想もないままR374を和気方面に走り出す。 すぐに峠(=地名)へ向う上り坂にかかる。標高差、距離とも短いが斜度的には本日一番の勾配、思わずフロ ントをインナーに落とす。峠を越えると次は傍示ケ峠だが、実際は上りはなく上手い具合に横を追い越してい ったトラックのスリップ・ストリームを使い45−47km/hで軽快に走っているうちに越えてしまい気が 付けば和気町に。 ここからは吉井川の左岸を北上する。信号待ちで道路工事中のおじさんと喋ったりしながら北上を続ける。ほ とんど高低差のない2車線路で交通量も少なく快適である。竜ケ鼻、苦木と走り、備作大橋を渡った先にある コンビニで軽食補給タイムとする(9時38分)。吉井町に入った。おしぼりを付けてくれたのが嬉しい。コ ンビニの店内は冷房が効いて涼しいが、ひとたび外へ出ると真夏の太陽が照りつけて来る。 15分ほど休憩した後再び走り出す。この3kmほどの区間だけは川の右岸を走ることになる。走り出せばい きなり左手に『キャットアイ』の工場が現れる。スポーツ自転車に乗っている者なら大抵はお世話になってい るメーカーだ。「へえ、こんなところに工場があったのか」と感心。
日生諸島巡りの船乗り場にて伊部(備前焼の里)

炎天下の走りにちょっとバテ気味ながらも走り続けていると、突然『湯郷温泉 1km』の標識が現れ鷺湯橋 の交差点に着く(10時13分)。橋を渡れば湯郷温泉である。信号が青に変わるのを待って橋を渡り、ゆっ くりと温泉街に入る。 昔ながらの温泉街である。会社の慰安旅行華やかなりし高度成長期までは全国どこにでも見られた温泉街、ち ょっと路地裏に入れば猥雑な看板も見受けられる温泉街である。個人の価値観、余暇の過ごし方が多様化した 今、こんなスタイルでやっていけるのだろうか。同じ温泉街から出発した私が住む宝塚は最盛期60軒以上あ った旅館・ホテルの類は淘汰され、2−3軒になってしまった。 温泉街の将来を心配するのは地元の人に任せておいて、坊さんの銅像の足元から温泉が流れ出している観光地 訪問記念の写真を撮り再び走り出す(10時30分)。 林野地区でショートカットをしようとして道が判らなくなるハプニングもあったが、なんとかR179に乗る ことができて一安心。炎天下の走りは続く。平行して流れている吉野川の川幅もだいぶ狭まってきた。 平福という集落を走っている時だったと思う。『宮本武蔵生誕地』という白い看板が見えてきたので「オヤッ」 と思いながら近づいて行くと、その下に『あと20km』と記載されてあった。全然場所が離れているではな いか。この辺では20kmは隣町の感覚なのだろうか。街中では考えられない看板に驚きながら美作江見(10 時55分)、作東町土居を通過、万能峠の上りにかかる。 今日のツーリングで最も標高の高い峠である。といっても僅かに200m、上りというほどの上りを意識しな いまま11時12分峠を越え再び兵庫県に。うねうねと緩やかにカーブする道を下り着いたところは上月町の 中心部、姫新線上月駅の駅前(11時25分)。
JR上月駅

駅舎と観光物産を売る店が一体化した建物になっている。湯郷をスタートして約1時間、駅前に広がる古い町 並を眺めながらアイスクリームを片手に暫く休憩をとる。34−35℃はあるだろうか。今年一番の暑さである。 これまで比較的涼しい夏だったのでこの気温の中を走るのは初めて。体が暑さ慣れしていない。 11時38分、スタート再開。ここからは千種川沿いにR373を一路南下する。行きの吉井川沿いの風景と 違って変化に乏しい。暑い中南からの向い風にも悩まされながら30分ほどで上郡の中心部に入り、そのまま 南下を続けR2に合流する(12時22分)。 途端にトラック、ダンプ、タンクローリーなどが多くなった。相生手前の若狭野にあるコンビニで本日2度目 の食糧補給。あとはトラックのスリップ・ストリームを使いながら速度アップ、真夏のロング・ツーリングに 満足の1日であった。 (本日の走行距離175km) 2003年8月10日(日)姫路/小富士山〜仁寿山(5万図 姫路) 妻の実家滞在を利用しての山行ツーリング、岡山東部ロード周回に続いて播州の1000m級の山を攻める予定 であったが台風で予定を変更、宝塚へ帰る道すがら表題の超低山を登ることにする。 5時57分、姫路を出発。R250へ出て一路東へ走る。日曜日の早朝ということもあって交通量は少ない。山 陽電鉄白浜の宮駅前で水分調達し北へ向う。正面に小富士山、左手にアンテナが立ち並ぶ仁寿山を見ながら突き 当りを右に曲がると麻生八幡神社。神社の右手を突き当たった民家の横が登山口である(6時30分)。
南麓の集落から小富士山登山口から小富士山を仰ぐ

地元ではメジャーなお手軽ハイキングの山だから登山口の標識くらいはあると思っていたのに何もないので一瞬 本当にここでいいのか考えてしまったが、どう見ても間違いなさそうなので支度を整え登りに入る(6時35分)。
鎖場のある岩場

登山路はよく歩かれていることがわかるしっかりとした道である。いや、「道」というより岩盤の上を歩くとい うコース。昨日の台風の関係で足元が滑りやすくなっているものの、途中の鎖を垂らした岩場を見ながら10分 ほどでお堂の立つ山頂に立つ。 お堂から5〜60m南へ行ったところがこの山の最高点、家島諸島や小豆島がはっきりと見え、わずか標高17 3mの山とは思えない展望を得ることができる。山頂にいた1組の中高年の夫婦としばらく会話を楽しんだ後、 教えてもらった道を辿って仁寿山へ縦走することにする(6時50分)。
小富士山山頂から北西方面を臨む小富士山山頂から瀬戸内海方面の眺め 仁寿山へ登山路も見える

急斜面を下るとお堂からの道と合流、小さなコブを越えて仁寿山との鞍部に下る。ここには仁寿山の山頂に立つ NHKの中継塔に向う簡易舗装路が通っている。小さなカーブを一つ曲がり、小富士山からの下りで見当を付け ていた山道を登る。こちらは岩盤の上を短い草が覆った山道ですぐに山頂だ(7時10分)。
セメントで固められた仁寿山山頂の三角点

ここでも1組のハイカーが憩っている。いい展望だ。三角点はどこかと探せば、なんとNHKの中継塔の施設の中。 残念ながら手で触れることができない。しかもコンクリートで固められている。金網越しに写真を撮り、展望を 楽しんでいると毎朝登山をしているという老人がやってきてしばらく話をする。空気の澄んだ日は鳴門大橋まで 見えるらしい。 老人の話はなかなか終わりそうにない。今日はこれから宝塚まで帰る。できるだけ暑くなるまでに距離を稼ぎたい。 老人に挨拶して別れる。下山は簡易舗装路を下る。10分ほどで下り着いたところには仁寿山校の説明板がある。 姫路藩の家老河合寸翁が藩の財政を立て直した功績で得たこの地に学校を建てたとある。この説明板で小富士山 の正式名は麻生山であることを知る。 慌しい山行だった。デポ地に戻り再び走り支度を済ませると(7時40分)日差しが強くなったR250に再び 戻った。 (本日の走行距離 90km)        織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。

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