山を駈ける風になれ2004年 12月号

 
2004年11月6日(土)氷上/カヤマチ山東尾根縦走 (2.5万図 大名草、黒井)
氷上郡6町が合併して1日から「丹波市」となった。記念してというわけではないが、朝から天気もよく絶好の
アウトドア日和になりそうなので標記の山域への挑戦を決める。

5時58分、気温11.9℃。まだ薄暗い中ロードで出発。先日の台風でR176は一部通行止めが続いており、
生瀬の街中を迂回して走る。距離が長いのでいつもよりゆっくり目で北上、藍本付近で霧の中に突入する。
今シ−ズン初の“丹波霧”との遭遇。100mくらいあった視界も北上するにつれてだんだん効かなくなり大山
地区に入った頃には30mくらいになる。鐘ケ坂トンネルでいったん霧が晴れるが氷上盆地は深い霧の底。氷上
北のコンビニで食料を調達、8時58分、清住の草原(字名)にロードをデポ、支度を整えて葛野峠に続く林道
を歩き始める。ようやく霧が晴れて空の青さが目にしみる。

といっても葛野峠からカヤマチ山経由で東尾根を歩くわけではない。今日の行程の長さと日照時間の短さを考慮、
どこかポイントを決めて柱谷(701.2m)へ直登、達身山方面へ縦走するという一部ショートカット型である。
それにしても先月の台風23号の影響で林道は凄まじいことになっている。木は倒れ放題、林道は崩れ放題、林
道を歩いているのに早くも“障害物競走状態”である。白いビニールテープの柵を何も考えずにまたいで通り過
ぎてから振り返ったら、林道の土台部分が流されて薄っぺらいコンクリだけになった簡易舗装の上を知らずに歩
いていた、なんてちょっぴり“冷や汗”体験も。
コンクリートの下が
抉り取られてしまった簡易舗装路
高座岩周辺も木が倒れ明るくなった

至るところで林道崩壊柊さこから直登

気のせいか明るくなった高座岩を過ぎると、右カーブの広い林道(地形図に無い)が現れる。尾根の南斜面を東 に巻く道で1kmばかり歩いたところで行き止まりになる(9時35分)。 さて靴のヒモを締め直して浅い谷筋を登る。柊サコというらしい。いきなり皮膚にでも張り付く強烈なイバラの 洗礼を受け、ガレた谷を登ると、炭焼きの跡、そして植林帯の中に踏跡が現れるが、やがて道も無くなり雑木藪 の急斜面を岩を伝いながらの登りが続く。途中で拾った木の枝をストック代わりにして登っていたが、ここまで 急斜面と岩が続くと無用の長物だ。谷に向かって投げ捨てる。 いい加減な頃合を見計らって数十メートル西に移動、道はないがまだ歩きやすい枝尾根状の植林帯を直登すれば やがて巨岩が積み重なったポイントが現れ、最後は強引に藪を漕いで稜線に出る(10時24分)。 樹幹越しに岩屋山(青垣町の)が見える。今立っているのはどの辺だろう。岩屋山を目標にコンパスでおおよそ の現在位置を割り出してみると、柱谷西のCa730コブの更に西あたりのようだ。一息ついて樹木に覆われた 稜線を東に向かう。 もともとどんな踏跡が続いていたのか知らないが、台風になぎ倒された木や枝が散乱しており、この稜線歩きも また“果てしの無い障害物レース”になりそうである。どこが道か判然としないところもあるが10時38分、 突然目の前に4等三角点が現れる。柱谷到着である。
ようやくたどり着いた尾根筋からは岩屋山が柱谷三角点

少し小広くなった日当たりのいい場所に移動して軽食休憩を取る。今日の行程は長い。早めにエネルギー補給を 摂って歩き出すと何か変だ。さっきまで樹幹越しに見えていた十九山と水山が見えない。視界が開けた途端、眼 下に丹波少年自然の家が見えるではないか。十九山は右手に見えている。 何も考えずに黄色いプラ杭を拾って歩いているうちに北東尾根を進んでいたようだ。一旦山頂に戻り南東尾根に 軌道修正をかける。赤と黒のプラ杭が氷上・青垣の境界を示す杭らしい。相変わらず倒木をまたいだり除けたり しながら登り返したところが十九山(677m)(11時11分)。古ぼけた山名標が木に架かっているだけの 雑木に囲まれた山頂で、座るスペースもない。
十九山山頂

方向を東に変えて水山に向かう。急斜面を下ると登り返しに入るあたりからヤブ+倒木でなかなか進めなくなる。 大木が根こそぎひっくり返っており、木の根っこをつかんで斜面を下るという珍しい体験が何度もできる。 ヤブをかきわけながら急斜面を登ると北西方面に展望が開けるところに出るが、すぐにまたヤブの中に埋もれる。 そしてようやく登り着いたところが「く」の字型の双耳峰を成す水山の鞍部(11時41分)である。鞍部には 『幸世村直轄地』と掘られた石柱がある。 青垣町との境界尾根と別れ南東尾根を歩くとすぐに水山の南峰(Ca730m)に着く。さきほどの『幸世村…』 の石柱と『境』と彫られた小判型の石が置いてある。
水山山頂手前から北方面水山山頂(南峰)

喉を潤して先を進む。まずは逆なら絶対歩きたくないというほどの激下り。下り着いたところで踏跡は左右に分 岐。ここは右を行く。黄色いプラ杭がいちおうの目印にはなるが、しっかり地形を読まないと違う尾根に入り込 んでしまう。 突き当たりがヤブになったら左へ。更にヤブ尾根を下って『B147』と書かれたプラ杭のところを右に下る。 ちょっと歩きやすくなった踏跡を僅かに登り返せば4等三角点が埋まる達身山(452.7m)である(12時 30分)。4隅を石で保護された三角点で控え目に埋まっている。ここは山頂というよりも枝尾根の鼻という感 じで植林に覆われ勿論展望の無い只の山の中である。
ようやく気持ちのいい山道になった達身山山頂(三角点は奥)

達身山からはほぼ南に尾根筋を下る形になる。浅く広い谷が現れる。昔寺があったとすればこの変かも知れない。 時々小さな登り返しが現れるが総じて前半に比べると歩きやすくなり、下るに従って植林帯が雑木林に変わる。 どこか頃合を見計らって西側へ下ろうと考えているので下降が困難な雑木ヤブはあまり好ましくない。さりとて なるべく標高差を小さくしてから下りたい。兼ね合いを計りながら尚も南下を続けると登り返しのコブの横を巻 くように遊歩道が付いているポイントに出た。 幅1.5mの地道の遊歩道。達身山への参道かとも思ったがそうでもないようだ。作られたのは古くはなさそう。 しかしあまり利用された形跡もない。いずれにせよ、はっきりとした道に出られたのは幸い、ラクちん気分で下 っていくと、やがて木々の間から瓦屋根が見え始め、シカ除けフェンスの張り巡らされた出口に着く、がゲート が無いので出られない。仕方なく回り込んで下界に出る(13時05分)。
突然遊歩道に飛び出す今日の行程を振り返りながら歩く
(双耳峰は水山)

出てきたのは『やすら樹』の横。舗装路を西に歩けば達身寺だ。ま、ほぼ完璧なトレースといってもいいだろう。 昔達身寺で住職に仏像を見せて頂いたことがある。損傷の激しいものもあったが、80体に及ぶ仏像を拝むのは 壮観だったのを覚えている。仏師集団の工房であったとも云われるが、達身寺様式という珍しい仏像にはこの寺 以外で目にしたことがない。果たしてここで作られた仏像はどこへ行ったのだろうか。 そんなことを考えながら見上げる稜線の先に水山の勇姿。ここから宝塚までは80km以上、どこかでエネルギ ー補給をしながら帰ったら夕方になりそうだな等と考えながらデポ地へ向かった。  (本日の走行距離157km) 2004年11月19日(金)中九州/やまなみハイウェイ(5万図 別府、宮原、久住、大分)  午前6時20分、サンフラワーは定刻どおり別府港に接岸した。トレーラーや大型トラックがあらかた出ていっ たところで徐にロードにまたがりフェリーターミナルに下りる。日の出はまだのようである。ついに念願の自転 車九州初上陸である。 2004年秋のスペシャル・ツーリングはかねてから計画の“やまなみハイウェイを走る”。プランは九州のサ イクリスト憧れのやまなみハイウェイを走り、最高点の牧ノ戸峠を越え、久住連山の南麓を周って、長湯温泉経 由で大分〜別府と周回するコース。 休暇をとり昨夕、大阪南港18時50分発のフェリーに乗り込む。一日中しっかりと雨が降り続きズブ濡れにな ったが、シューズを除いてほぼ乾いたようだ。 フェリーターミナルを出たところ、交差点の角にあるコンビニでスポーツドリンクを調達、信号を渡ってR50 0に入る。さあ、いよいよツーリングのスタートである(6時40分)。 さすがに九州だ。かなり暖かい。ところで一体何車線あるのだろう。幅の広い道で、海地獄や坊主地獄などで有 名な鉄輪温泉に向かってだらだらと上っている。今日はスタート直後からいきなりの上り、このまま標高780 mの城島高原まで延々上り続ける。海抜ゼロ・メートルからの上りなので、あせらず、じっくり上りましょう、 といったところ。 昨日雨の中を2時間半も走ったせいか体が重い。いつもよりギア1枚か2枚軽くして淡々と上っていく。さすが に別府だ。沿道に建つ家の敷地から湯気が噴出している。道の左手に高崎山が見えるようになってきたら、バス 停海地獄前だ。別府一の観光名所もまだ薄暗いこの時間帯はひっそりと静まりかえっている。 ここでR500と別れ県道を直進する。県道11号別府一ノ宮線、これがやまなみハイウェイの正式名称である。 やまなみハイウェイは水分峠から先を言うので、今走っている道は只の県道11号線というわけだが、城島(き じま)高原、湯布院へのメインルートなので道幅は広く整備されている。 ひたすら忍の一字の上りが続く。軽めのギアで12〜18km/hペースで景色を楽しみながら静かにペダルを 回せば、やがて鶴見岳に登るロープウェイの前を通過(7時23分)、城島後楽園入口の前を通過(7時35分)、 少し傾斜が緩くなって7時53分序盤のピーク、標高780m由布岳登山口に到着する。 スタート1時間で16kmは予想よりいいペース、由布岳登山口では当初予想時間より15分も早い。心配され た激坂も現れず意外とラクに来たというのが実感。喉を潤してから防寒用の帽子を被り下りに備える。するする と下って狭霧台。ここは湯布院の街並みが一望できるので有名だが、どうしても関心は目の前に聳える豊後富士 こと由布岳。
由布岳の麓を走る狭霧台(湯布院へ豪快な下りが続く)

高原を吹き抜ける強い風とまだ乾ききっていない路面に注意しながら連続カーブをクリア、直角に左折して温泉 街を右手眼下に見ながら下っていけば、やがてJRの踏切が現れ、川に架かる橋を渡って内徳野、再び現れる橋 の手前で細い道へ右折する。 どこにでもある村の中をとおる細い道で一瞬、間違えたかと思うが、上手い具合に県道11号の標識が現れ安心 させられる。植林帯の中を九十九折に標高を上げていく気持ちのいい1車線路である。一昔前の奥丹波の峠道を 上っているような錯覚にとらわれる。結局、内徳野から水分峠までの7km、1台の車にも遇うこともなく水分 峠に着く(8時46分)。気持ちよく走ったせいかここまで35km、積算標高差1,000m以上を上って2 時間少々はわれながら上出来。
水分峠(ここも分水嶺です)

標高707m、R210を分岐し、峠の下を大分自動車道が走る水分峠は文字通りの“分水嶺”である。峠はド ライブインになっていてバイクツーリングだろうか、数台が停まっていたが、サイクリストの姿はなし。 少憩の後、久住方面へ進路をとる。いよいよここからが、“やまなみハイウェイ”と呼ばれる区間に入る。道路 脇には100m毎に距離表示の標識が現れる。“元有料道路”だった名残か。嬉しくないのはその0.1km単 位の数字がなかなか増えていかないこと。そう、水分峠を越えても上りは続くのである。 地形図で前もってチェックはしていたが、小さなアップダウンが意外に多い。ここまでずっと上りが続いている ので、平坦なのか、下りなのか感覚が少し狂いそうだ。ふとメーターに目をやると40km/h出ていたりする ので緩い下りに入っているんだなと実感したりというようなことも。 植林帯の山が迫ってよくなかった見通しが開けてくるようになると、まさに高原の快走路。小さな上りをこなし て朝日台に着く(9時42分)。案内板には標高1000mと書いてあるが、実際は900mちょっと。
久住連山が眩しい(朝日台より)早めの昼食で腹いっぱい

予定より30分弱早い。ちょっと早いがレストハウスで昼食を摂ることにする。どうかな、と思いつつ店員に訊 くと定食ものも出来るというので、名物“ダンゴ汁定食”を注文する。テラスから見える久住連山が眩しい。 こういう山の中を走る時に気をつけないといけないのがハンガーノック。腹が減ったと思った時にはもう遅く、 さりとて食べ物屋などどこにも無いということが往々にしてある。そんなわけで朝からフェリーの中でもでっか いおにぎりを鱈腹食べてきたので、はっきり言って全然腹は減っていないが、早めの対策というところだ。 出てきた“ダンゴ汁定食”を見てびっくり。これがなかなかボリュームたっぷりなのだ。嬉しいような苦しいよ うな。幅の広い麺が入っている。体が温まる一品でなかなか美味しい。結局しっかりと食べて再スタート。いよ いよ本日の最高点、牧ノ戸峠に向かう。ハンガーノックより食べ過ぎて体重増と戦いながらのヒルクライムか?
スドーンと一直線、飯田高原天気もいいし、気分も上々

飯田高原と呼ばれる辺りになると高原の中の一直線路になる。正面に見えるは久住連山。三俣山(1745m) と久住山(1787m)の間から噴煙が上がっている。反対側の黒岩山方面にも中腹から煙が立ち昇っているの が見える。ふだんのフィールドでは絶対に見ることが出来ない風景だ。 『標高1,018m 長者原』という標識を過ぎ、寒の地獄を過ぎるといよいよ最後の上りに入る。もうとっく にギアは1枚残しの39×24になっている。斜度10%を超えるような坂が現れないことを祈るだけだ。牧ノ 戸温泉を過ぎると徐々に視界が開けてくる。前方に峠の標識とドライブインが見えてきた。スピードが上がる。 本日の“グランプリ・モンターニュ”牧ノ戸峠到着(11時04分)である。
牧ノ戸峠に着きました三俣山(だと思う)

ここまで10km/hを切るようなきつい坂が現れることもなく辿り着くことができたのは幸いだ。もうこれよ り高い峠はないという安堵感に包まれながら駐車場に入りロードをデポ、デジカメに収める。1,330mの峠 は強い北寄りの風が吹き抜けている。一段高いドライブインへの階段を上がるとそこは久住山の登山口。山頂ま で標高差は450mちょっと。もう1泊あれば連山を縦走したいところだ。 阿蘇山が見えるという展望台へ移動する。道を挟んで反対側(北側)の黒岩山へ向かう登山道の途中にある。だ らだら歩く観光客をかわしながら展望台へ。うっすらとではあるが涅槃の姿のように見える阿蘇五岳が見える。 阿蘇が見えるところまで走ってきたか。
涅槃の姿?阿蘇五岳瀬の本高原。熊本です。

結局、峠には15分ほど滞在の後、下りに入る。上りの辛さが吹っ飛ぶ瞬間だ。気圧の関係で耳がつまっていた のが元に戻る。コ−ナーが読めないので慎重に下っても59km/h。道を知っていれば軽く70km/h出る かも知れない。爆走のうちに熊本県に入り、瀬の本高原の交差点に着く(11時30分)。 予定よりも30分以上早いペースで走っているので、このまま阿蘇方面に足を伸ばそうかとも考えたが下り一本 とは限らないので、ここで左折してR442に入り、久住連山の南麓を赤川から久住町の中心部へ走る当初どお りのルートをとる。 いきなり標高差120mの上り返しがやってくる。予定を変更しなくてよかった。R442もやまなみハイウェ イに負けず快走路である。特に赤川を過ぎてからは下り一本の高速コース、両脇に牧場を見ながら走ったり、松 並木の美しい風景の中を疾走する。 立ち止まってデジカメに景色を収めたい気もするが連続50km/h超で走りつづけられるのはそうそうないこ となので爆走モードのスイッチは入ったまま、気がつけば久住交差点という名前の交差点(12時07分)に。 町役場、郵便局、警察が集まっている。この町の中心のようだ。ここでR442から別れ、左折県道30号線を 行く。次の立ち寄り地は長湯温泉だ。 全般に下り基調ながら何度もアップダウンの現れる道でひどい時には標高差60mを上ったりもする。1,30 0mの峠越えをして60mなど何でもないように思われるかも知れないが、斜度がきつければそれなりにしんど いし、長い上りと違ってギアをかけて上るから結構足にくる。 足湯でもあればいいのだが・・・などと都合のいいことを考えながら長湯温泉の入り口に到着(12時40分)。 「桑畑湧水」と書かれたところに冷泉が湧き出している。柄杓で掬って飲むと確かにかすかに硫黄の味がするが、 結構美味しい。 温泉の案内図を見ていると大分ナンバーの車からおじさんが降りてきてひとしきり地図を眺めたところで、「現 在地はここですか」と見当違いの場所を指差して訊く。 《現在地は“現在地”って書いてある所に決まってるじゃないか》と思いつつも、「現在地はここですよ」と指 差し、位置関係を説明する。すると「R442へ出たいのですがどう行ったらいいのでしょう」とまたまた質問。 R442ならさっきまで走っていたのではっきり答えられる。どの道をどれくらい走ればR442に当たるか説 明して別れる。サイクリングですか。楽しいでしょうなあ。とおじさんは言っていたが、まさか兵庫県から来て るなんて思ってもいないだろう。こっちだって、大分県で大分ナンバーの車に道を訊かれるとは思ってもみなか った。 それはさておき、長湯温泉である。日本一の高濃度炭酸温泉とかでラムネの湯なんてところもある。道路脇には レンガ造りのドイツ風飲泉場などがあったりとなかなか隠れた名湯のようだ。
長湯温泉(湧き水を飲んだら・・・確かに温泉)塩手トンネル(本日最後の上り・・・かな)

長湯温泉の次に馬門線彫磨崖仏を見に行こうと走っていたが、どこにあるのかわからぬままダム湖を切り返しな がらまたまた上りに。中央が手掘りのあとが残る塩手トンネルを抜け『水の駅 おづる』で休憩をとる(13時 04分)。 『おづる』は小津留という土地の名前だ。道の駅ならぬ水の駅。ここもまた名水が湧き出しているという。日田 天領水といい大分はなんとも水の美味しいところらしい。(そう言えばフェリーの中でも大分の名水で沸かした コーヒーというのを売っていた) 久住交差点から続く県道30号は広くなったり、細くなったりを繰り返す道で突然道幅の広いバイパス路になっ たかと思えば、集落の間をすり抜けるような車の対向も難しいような細い田舎道になったりする。能勢の長谷地 区を思わせるような農道に入り込んでしまい、ほんとにこれで合ってるのかなと不安になった頃、突然前方にR 210が現れる。13時35分大龍交差点。市街地に戻ってきた。 交通量が俄然多くなった国道を大分川沿いに東へ走る。狭間町を過ぎれば大分市。南大分からトンネルを抜ける と大分駅前、渋滞に巻き込まれスピード・ダウン。大分市の交差点の歩道は青の残り時間が少なくなると目の不 自由な人向けの信号音が時間切れのウルトラマンのカラータイマーのようにピコピコ鳴る間隔が短くなる。なん だかせわしない感じもしないではないがなかなか面白い。 本日の走行距離も140kmを越えた。あとゴールの別府までは13km、片側3車線の広い道路を気合を入れ てスピードアップしながら海沿いに道に出るといきなり北西よりの強風でスピードダウン。それでも交通量の多 いのを逆に利用してトラックのスリップ・ストリームを使いながら右手に海を見ながら北上する。 別大マラソンのコースだが、最近拡幅工事が行われたか本当に飛ばせる道である。左手を特急がすれ違っていく。 『ゆふいんの森』か。今度は特急が追い抜いていく。なんだか特急ばかり走っている線だな。 海岸線近くまでせり出した高崎山の東側を巻くと前方に別府の旅館群が見えてきた。15時04分、別府タワー の近くのファミレスで早めの夕食。今日は3食すべてが前にシフトしちゃたなあ。とにかく水分補給がしたいの でドリンクバーでしっかり飲む。 ファミレスを出てゆっくり流しながら走る。別府港が見えてきた。朝、スポーツドリンクを調達したコンビニも 見えてきた。無事ツーリング終了というところか(15時45分)。
別府まで戻ってきましたサンフラワーとマイ・バイシクル そしてサンフラワーは出て行く・・・

港には1便前のサンフラワーが泊まっていた。朝乗ってきた船だ。16時発らしい。フェリーターミナルでサン フラワーと記念撮影。ぐるっと走り終えた充実感に浸りながら19時発のフェリーの乗船手続きに向かった。今 年のスペシャル・ツーリングは終わった。次はどこへ行こうか。  (本日の走行距離153km) (ツーリング全体の走行距離 235km) 2004年11月23日(火)北摂/柿ノ木鉱山跡〜山王山(2.5万図 木津、広根)  晩秋のいい天気に誘われて標記のショートコースをMTBで走る。柿ノ木鉱山の南を巻くハイキングコ−スは10 年ほど前に走ったことがあるが、もうすっかり忘れている。しかもその時もハイキングコースを走っただけで柿ノ 木鉱山がどこにあったのか判らずじまいだった。
すさのお神社

6時31分、いつもよりゆっくりめにスタートする。久しぶりのMTBは重たい。県道川西篠山線を北上、万善に あるコンビニで食料を調達し、槻並へ行く道を進むと素盞鳴神社に着く(7時44分)。 神社の境内左手からハイキングコースは続いていた筈だが…いきなり倒木の嵐でどこを進んでいいのやら、という 状態になる。先月の台風23号の影響だ。一瞬道を見失いかける。こんな調子がずっと続くのか、と不安に襲われ るが、200mも進めばようやく乗車できるようになる。 南からの林道と合流し快適な走りは続く。山道が南に向きかけるところが柿ノ木鉱山跡の入り口だ。MTBを押し て少し北に進むと採掘跡に出る。
快走のハイキングコース

銅鉱石を採取していたというが、小さな鉱山跡である。それでも丸太を組んだ坑道跡のようなものが砂礫に半分埋 もれながらも残っていたり、杭が数本残っていたりで鉱山の名残をとどめている。 MTBをデポして砂礫の山を登り右手の枝尾根から雑木ヤブを漕いで山王山から南に伸びる主稜線に乗る。踏跡が かすかにあるが、ここも台風による倒木がひどく、山道ごと持ち上げて大木がひっくり返っていたりするので、と もすれば踏跡をはずしそうになる。 もういい加減三角点が現れてもよさそうなんだが、というところから実際に三角点が現れる山頂まではちょっと距 離がある。背の低いシダをかき分けて山頂に着く(8時28分)。鉱山跡から20分ほどの距離である。
山王山山頂

山王山というから祠でも祀ってあるのかと思ったが何もない山頂で、雑木に囲まれて展望もない。踏跡は北に続い ている。3等三角点をデジカメに収め、もと来たルートを戻る。主稜線を丁寧にトレースしたので、柿ノ木鉱山跡 よりも300mほど南西に下りついた(8時50分)。鉱山跡に戻って砂礫の山の上でおにぎりをほお張る。 10分ほど休んでから残りの道を走りクリーンセンターに向かう車道に出る。久しぶりのMTBだからもう少し地 道を走りたい。そのまま車道を進み阿古谷へ出る。山田橋から東へ向かう地形図の破線路を行く。
阿古谷の林道を行く

実際は幅のある地道の林道で池を右手に見ながら快適なサイクリングが楽しめる。岩ケ谷山の南を東へ向かう破線 路を辿るつもりが気がつけば岩ケ谷山に向かう急な山道を押している。どうも進む先は廃道っぽいので諦めてもと に戻る。 今日はのんびりツーリング。結局道が見つけられぬまま山田橋まで戻ってしまう。ま、こんなこともあるさ。その まま帰路についた。  (本日の走行距離 54km)        織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。

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