山を駈ける風になれ2007年 5月号

 
2007年4月7日(土)篠山/般若寺城址+サクラ・ツーリング(2.5万図 福住)
4月になりました。サクラの季節です。毎年恒例のサクラ巡りツーリングをすることに。午後からは雨も予
想されるので遠出は止め、篠山周辺のサクラの名木を訪ねることにする。

2−3日前からようやく春らしい気温が戻ってきた。大阪では早いところでは葉桜になりかかっているとこ
ろもあるが、篠山ならちょうど見頃なのではないだろうか。
6時08分、ウグイスの鳴声に背を押されて出発する。今日は100%舗装路なので勿論ロードである。久
しぶりにいいスピードで赤坂峠を越えたものの、途中で赤信号にひっかかりまくり、結局篠山城大手門前に
着いたのは8時04分。所要時間はいつもと変わらず。

篠山城お堀の周りのサクラは満開、朝早くからカメラを抱えた人が沢山いる。観光協会の人だろうか、サク
ラ祭りの幟の準備をしている。明日の選挙の投票を呼びかける幟も交互に立っていてとても風情を楽しめる
状況にない。もっとも提灯や電灯がいっぱいぶら下がったサクラを見にきたのではないので、さっさと中心
部を抜けて盆地の北端を東に向かう。
お気に入りのサクラ

まずは3年前に見つけたお気に入りのサクラ。黒岡を過ぎたところにある。水田に張った水に“逆さ桜”が 映るので絵になるのだが、風があると水面に漣が起きて“逆さ桜”が映らなかったりして結構お気に入りの 写真を撮るのが難しい。今年は無風だったが、張った水の量が少なく、いかにも“田んぼ”になってしまった。 さて、更に東へ走り、畑宮から春日江、泉と走る。薄日が差し、天気はもちそうだ。福住方面へ向かう予定 だったが、般若寺にあったという山城に登ってみようと思い立ち般若寺の集落に入り地形図の卍マークに (8時45分)。浄土宗正覚寺というお寺である。
般若寺址・・・
今は正覚寺というお寺がある

昔は(といっても戦国時代だが)ここを包むように位置する背後の小山に天正6年、明智光秀が波多野氏の 八上城を攻撃するための向城を築いたという。東西に長い平坦地の山の上には350uくらいの本丸があっ たという。
蓬莱神仙の庭を上から眺める

今は正覚寺となっているお寺が経営する幼稚園の横からお寺の裏に回り込む山道が付いている。ロードをデ ポし歩き始める。お寺の裏にある蓬莱神仙の庭園を上から眺めながら小山の西尾根に乗っかり、踏跡を辿っ ていけば、頂上部の3mほど下を東にトラバースするような平行道。 どうやらこのままでは山頂に出られそうもないので、見当を付けてヤブを掻き分けまん中のCa260mコ ブに登る(8時55分)。
全くのヤブ・・・中央のコブ東のコブ。ここは平坦地になっている

写真のとおり全くのヤブである。遺構らしきものは全く無し。おまけにブヨがいっぱい飛んでいて長居した くない状況。すぐに元の平行道へ下り東へ進むと下からはっきりとした山道が上がってくる。
しかも一段下がったところにも平坦地が

何だこれが正規のルートか、と山道を辿り東端のCa260コブに登る(9時02分)。こちらもヤブだが、 さきほどのところよりも標高は高い。すぐ西側に一段低い平坦地があり、山城の跡であったことが窺える。 とはいえ、展望もなく結局適当にヤブをかき分け麓に下る。
般若寺(地名)のサクラ

デポした自転車を回収し、般若寺を後に走り出すと、すぐ南の堤防沿いに大きなサクラの木があるのが民家 越しに見える。これは一見の価値ありか、と移動すればご覧のとおりの見事なサクラ。勿体ないことに誰も いない。サクラの下に自転車を停めしばし休息。 雨がパラっときた。ブランチでも食べながら雨をやり過ごそうか。再び自転車にまたがり、ゆっくりと城下 町に向かった。     (本日の走行距離 110km) 2007年4月15日(日)三田/末吉金比羅山(2.5万図 藍本) 「妙見山」、「愛宕山」、「行者山」と名の付く山は北摂・丹波にも沢山あるが、それと並んで多いのが「 金比羅山(金毘羅山)」。本家讃岐の金毘羅さんへも行ったことはあるが、山頂に登ったことがある金比羅 山でいうと、波豆の金毘羅山(宝塚)、杉生の金比羅山(猪名川)、加茂の金毘羅山(三田)といったとこ ろか。 ところがまだ訪ねたことのない金比羅山がもう一ヶ所三田にあると知って、今日はその金比羅山を訪れるこ とに。勿論、地形図では無名、千丈寺湖の北側にある283.2m4等三角点のある山がそれ。 朝の気温8℃、ここ数日より少し寒さが戻ったと感じる中、午前6時ちょうどにロードで出発する。最短距 離で走ればちょっと物足りないので、川西能勢口周り、西峠越えで三田市に入り、短いけど結構きつい見比 峠を越えて、小野に着く(8時16分) 地形図を広げて位置確認をしていると、小野峠方面からシャーッと下ってきたレーサーがスーッと見比峠方 面へ上っていった。早ぇなあ。 さて、小野峠越えで行こうかとも思ったが、千丈寺湖岸を走る方が景色がよさそう。結局、飯盛山の東を巻 いて湖岸に出、入り江が深く北に切れ込んだところで北に向かい、地形図の実線路に入る。 地形図では、池のすぐ北から南に折れる実線の道が描かれているが、実際そんな道は無く、山の北東麓にポ ツポツと並ぶ家をつなぐ道を走る。道は最後の家の前で行き止まりになる。白龍大神と刻まれた石碑と小さ な祠が並んでいる。 最後の家の手前に山の方に向かう林道がある。地道になってしまったので「押し」て登る。錆びたアンテナ 出てくるところで道は二手に分かれる。南へ向かう道の方が幅も広く山頂に近いので辿ってみるとすぐ行き 止まりに。
この道は結局いけませんでした

仕方なく、北側に向かう山道を辿る(8時40分)。しっかりとした幅の道の跡が残っている。が、今は廃 道である。道の真中からササとイバラがぼうぼうに伸びて歩きにくい。道の跡は南に反転して高度を上げか けたところで、判然としなくなる。 山頂北の尾根まで標高差にして10mも無いので、適当にヤブを掻き分けて尾根筋に出る(8時46分)。 伐採した切り株に『928B』の番号が貼ってあるポイントに出る。
尾根筋に出ると明確な踏跡が・・・

ここから山頂へは南に向かえばいい。尾根筋はしっかりした踏跡があり歩きやすい。ものの3−4分で4等 三角点の埋まる山頂に着く。
山頂の様子平坦な山頂。祠の跡などは発見できず

三角点のある場所より5mほど南に行ったところの方が標高も高く、丸い平坦地になっている。残念ながら 祠の類は全く残っていない。お堂の礎石と思しきものも発見できない。山頂で暫く休憩し、切り開きを南に 辿る。下り始めてすぐにブッシュになる。地形図の実線の道の北の分岐が発見できなかったことを考えると、 デポ地に戻るのは容易ではないかも知れない。
手水鉢の跡?

さっさと計画を変更し山頂に戻る。と、山頂直下南東側の一段低い平坦地の隅に、明らかに人の手で掘った と見られる四角い石を発見する。手水鉢にでも使っていたのだろうか。祠はこの辺りに祀られていたのかも 知れない。
青野ダムで休憩

結局、金比羅宮の痕跡と思しきものは手水鉢一つ。往路を戻り、ヤブを突っ切ってデポ地に戻る。千丈寺湖 を挟んで対岸に加茂金毘羅山が見える。何故こんな海の無いところに金毘羅さんを祀った山が2つもあるの か。興味は尽きない。青野ダムでサクラを眺めながらふとそんなことを考えた。        (本日の走行距離 88km) 2007年4月28日(土)瑞穂/鷲尾深山(権者山)(2.5万図 村雲) 鷲尾深山は京都府瑞穂町(現京丹波町)南部、鎌谷奥の北側に位置する標高458.3mの山である。“鷲 が棲むくらいの深山”を連想させるいい名前だが、北麓にある鷲尾の集落の奥にあるから付いた名前という のが本当のところだろう。篠山側からは分水嶺にあたる弓谷峠を越えればすぐの位置にある山である。 山の名前に「鷲」の文字が付くのは北アルプスにある鷲羽岳のような3,000m級の雄大な高山ばかりか と思いきや、岡山の鷲羽山のように100mそこそこの山もあり、様々である。 さて、好天が予想されるGWの初日、その鷲尾深山を目指して周回で走ることにする。午前5時39分ロー ドで出発。南西からの風を受けて快調に飛ばし、三田、篠山、栗柄峠、鼓峠をクリア、8時02分本郷にあ る“万屋”で食料を調達する。ヤマザクラがまだ満開である。
鎌谷奥へ向かう峠
今日もなかなかいい感じです
春です

のどかな集落をあとにし、草山温泉を横目に半年前にも走った鎌谷奥へ続く林道を行く。峠を越えれば京丹 波町、更にのどかな山里を下っていくと、道の左手に何やら標識が・・・。
いくらでも走れそうな田舎道登山口標識
半年前走った時には無かったように思う

『権者山登山口 458.3m』と書かれている。半年前に走った時には無かったように思う。「鷲尾深山 」は三角点の点標名である。どうやら地元では権者山という名前で呼ばれているようだ。 登山口が簡単に見つかり、しかも最近整備された様子にいささか拍子抜けの感はあるが、手間が省けたとい うことでロードをデポし、仕度を整えて登り始める(8時30分)。山頂の西約100mのコブ目がけて一 直線に尾根筋を登る山道である。 もともと山仕事などに使われていた道であろうか、しっかりと山道は残っている。氷上では近年「過剰」と も思える登山道の整備が目立ち、趣のある低山歩きが出来なくなってしまったが、ここは整備も最小限に留 め、実に自然な感じがしてよい。
適度に整備されています

ほぼ一直線に登るコースなのでどんどん標高を稼げる。次第に三嶽、小金ケ嶽といった多紀連山が春霞の中 に姿を見せ始め、西の奥山が同じくらいの目線になってくると山頂西のコブ。少し下り返して登り返せば細 長い平坦な広場が現れる。山頂である(8時50分)。
鷲尾深山(権者山)山頂

三角点は広場中央よりやや西に埋まっている。2等である。広場の東端には気象観測に使われていた小屋が 朽ちかけながらも残っている。眺望は東南東から西南西に広がっている。雨石山、毘沙門山、八ケ尾山、小 金ケ嶽、三嶽、西ケ嶽。西山、太平山は指呼の間である。 山頂手前の細い尾根からは幾重にも連なる京都丹波の山々を眺めることの出来る絶景ポイントもある。眼下 には鎌谷奥の集落が航空写真のように見える。
南は八ケ尾まるで空撮このまま山頂で寝ていたい気分です(背後は三嶽)

ゆったりと腰掛けてジャムパンを頬張る。ほどよい日差しとそよ風、このまま暫く寝転んでいたいくらいの 山頂である。 久しぶりに山頂でゆっくり過ごしたところで下山にかかる。登って来る時に気になっていた山頂直下の露岩 帯で立ち止まる。白い蝋のような感じの石片が散らばっている。結晶の関係だろう、割れ方がみな一様であ る。これが蝋石というものなのだろうか。
まだまだサクラはいっぱい咲いています

下山は一直線の下りなのであっという間だ。再びロードにまたがり走り始める。鎌谷中で南に向かい、弓谷 峠を越えると篠山。今日はR173を南下、旧道を上って能勢天王へ(ここが本日の最高点)。泉郷峠を越 えて猪名川に入ると川西能勢口周りで宝塚へ。久しぶりに完璧な周回コースの走りを楽しんだ。         (本日の走行距離 132km) 織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。

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