山を駈ける風になれ2009年 2月号
2009年1月3日(土)北摂/境野大池~大岩ケ岳南麓ST(2.5万図 武田尾)
明けましておめでとうございます。2009年になりました。今年も道、路、径を大いに走ってレポートをお届
けしたいと思います。
さて、1月3日は恒例の新春“走り初め”。今年はわが家の“裏山”北摂でサイクルライフ、スタートです。境
野大池は宝塚北部、西谷地区にある池。昨年ロードで訪れた時に池の辺にササに覆われたシングルトラックを見
つけ、再訪の機会が到来するのを待っていた。
午前7時06分、いつもより遅めのスタート。シングルトラックを探索するのでMTBである。大峰山方面が雨
雲とも雪雲とも判別の付かない重苦しい雲に包まれている。天気予報(曇時々晴)を信じるならば、少し時間を
稼げば雲が切れる筈、と川西能勢口回りで広根まで北上し、切畑から玉瀬経由で境野の西谷の森公園に(8時3
2分)。
時雨てきた。静かな西谷地区に朝からけたたましいサイレンの音がこだましている。誰かが新年の餅でも喉に詰
めたか、と思っていると交通事故だ。新年早々いろんなことが起きているようだ。
水分補給で喉を潤したところで境野大池へ。池の北側の堤を走り、猪垣を跨ぐと東にシングルトラックが付いて
いる。冬枯れですっかり走りやすくなっている。湿地帯を通過すると三叉路に出る。雑木林の中に立派な標識が
立てられて遊歩道になっている。
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池の北側に道が付いている | 遊歩道が現れびっくり |
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西谷の森の整備の一環か。激藪も覚悟していただけに少し拍子抜け。でもその分ラクに走れる。階段を担いで登
ると延命寺方面に下る鞍部に着く(8時55分)。ここにも標識が立っている。北の三角点のある山は下草が刈
り払われて歩き易くなっている。MTBを鞍部に置いて山頂に登る(9時00分)。
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境野大池-延命寺分岐を写真画面左奥に登る | 境野320山山頂 |
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標高320mながら山頂らしい山頂である。雑木越しに麓の境野の集落や、南のCa370山が見える。天気が
目まぐるしく変わり、わずか5分ほどの滞在中に、晴れたり曇ったり雨が降ってきたりと忙しい。再び鞍部に戻
る。
南のCa370山へのルートを探ってしばらく付近を歩き回るが、昔はあったであろう山道も自然に還ってしま
っているようである。あきらめて先ほどの三叉路まで戻り、池の南側を捲いて走ると小さな鳥居と祠の前に出る
(9時32分)。
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池の南側には小さな鳥居と祠が |
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この鳥居は池の堤からも見えている。きっと池を作った時に祀られたものであろう。祠の横の
灯籠には奉納された日が刻まれている。
“天保12丑年正月吉日”と読める。今年と同じ丑年のしかも1月に奉納された灯籠に出会うとは何かの縁か。
御参りをして先を進めば一旦舗装路に。そのまま南へ下って丸山湿原方面に向かう。
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湿原を抜けて走る |
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丸山湿原は遊歩道が整備されている。MTBで通過するのは場違いな感じがする。大岩ケ岳分岐を見送り、湿原
周回路の分岐まで進む(9時50分)。鉄塔No180と181の「火の用心」も立っている。
このまま西に進むと2年前の1月に走った谷筋を走りながら何度も浅瀬を渡り返すコースになる。今日は北の細
い踏跡を辿る。このコースを走るのは初めてだ。100mほど潅木地帯を抜けると粘土質のザレ地に出る。東と
北に眺望が広がる。
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砂地のビューポイントに出る |
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雨が霰に変ったと思ったらまた雨に戻った。この付近にはこういう展望が開ける粘土質のザレ地が何ヶ所かある。
進路が判然としなくなる。湿原保全で昔の山道が封鎖されているため迂回の繰り返しが続く。
いつの間にか大岩ケ岳に向かうハイキングコースに入っていたようだ。西コースの枝尾根分岐を見送ってご機嫌
なシングルトラックを走れば、南に展望の開けた砂地に出た(10時44分)。
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大岩ケ岳の南を捲く | またまたビューポイントに |
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ようやく雨が上がって日が差してきた。ここで少憩を取る。南に広がる住宅地は生野高原か。再びMTBにまた
がりハイキングコースを西に下る。濡れたササの葉の中を走っている間にブレーキは殆ど効かなくなっており、
スリリングな走りが続く。
10分ほどで千苅水源地周回路に合流する。南へ走ってダムの下に出る(11時04分)。6.5kmに及んだ
オフロード遊び終了。
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千刈貯水池周回道に合流 | ダムまで戻ってきました |
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ダムの下に架かる千苅橋を渡り道場から川下川ダムへ(11時32分)。前方を走るクロスバイカーを上りでか
わし玉瀬へ。武田尾まで下って立合新田経由で十万辻の上に出ると、あとは一気のダウンヒルで帰路についた。
(本日の走行距離 62km)
2009年1月11日(日)北摂/高山~戸知山(2.5万図 広根)
箕面の奥にある高山(豊能町高山)は標高450m、周囲を山々に囲まれた隠れ里のような地区である。私のレ
ポートでもこれまで何度か紹介したことがあるこの地は、戦国大名、高山右近の生誕地でもある関係からか、切
支丹禁令の高札や、最後の殉教者と呼ばれる北中マリアの墓などキリシタン関連の史跡が残っており、それが隠
れ里の印象を一層醸成させる所以なのかも知れない。
今日訪れる戸知山は、そんな高山地区の北東に位置する標高625mの山。地形図では勿論無名。南の石堂ケ岡
から広がるゴルフ場の北西端の小さなコブで、山頂に電波塔が立っていなければそれと判別できないような山で
あるが、豊能町教育委員会が作成した高山小学校(平成17年5月に東能勢小学校に統合)の高山地区紹介マッ
プには、山のイラストと共に戸知山の名がしっかり明記されている。
高山の里から眺めれば堂々とした存在感を示す一峰なのか、それとも付近一帯の山を総称して戸知山と呼ぶので
あろうか。答えを見つけたければ十津川警部ではないが現地へ行って確かめるのが一番、というわけで本日のツ
ーリング開始。
午前6時56分、この冬一番の寒波という中ロードで出発する。いうほど寒くは感じない。路面は少し凍結して
いるようで、下り坂で軽くブレーキングするとリア・タイヤが3cmほど横滑りをする。
というわけでいつもより心持ち控えめのスピードで川西から猪名川を渡り、余野川に沿いにR423を金石橋へ
(7時56分)。右折して道路脇に残る雪を見ながら高度を上げれば、やがてみな坂。峠を越えると高山である
(8時10分)。
高山に入ってすぐの所に「戸知山登山口」の標識がある。何年か前の梅雨どきに様子見がてら途中まで登ったこ
とがある。登り口はゼロ発進ではとても上れない急坂。素直に「押し」て林道を山の中に入り、適当にロードを
デポして更に先を進む。
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戸知山登山口 | 山頂の無線中継塔が見えてきました |
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左手に水路の現れる場所に着くと、背丈も没する深いササヤブが現れる。電波塔(NTT無線中継所)が立つ戸
知山は目の前に見えている。ササヤブを掻き分けながら進む。葉に積もった雪が頭上に舞い上がる。
断続的に現れるササヤブ地帯を抜け右へカーブすると山道に。そこを登りつめると箕面の鉢伏山山頂付近によく
似た場所に出る。ゴルフ場の敷地境界(?)のフェンスをトップロープをまたいでリングに上るアンドレ・ザ・
ジャイアント風に2度またぎ、中継所の施設の裏へ。更にもう一度フェンスを跨いで一番の高みを目指せば戸知
山山頂である(8時59分)。
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戸知山山頂 | 北に鴻応山が見える |
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山頂には大きなアカマツの木が生えている。気温はマイナス2℃だがそれほど寒くはない。この冬初の雪山歩き
を楽しんだあとはピストンで下山する(9時20分)。
府道まで戻る。サイクリストが2人挨拶して走り去っていく。みんな寒さに負けずに走っているようだ。
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切支丹禁令の高札 |
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高札場の方へ折れ、振り返ってみると棚田を懐に抱いた雪化粧の戸知山が見える。厳密にいうと今登ってきたピ
ークは手前の640山の裾野に半分隠れて見えない。やはり高山地区の北東部一帯の山を総称して戸知山という
のか・・・。
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高山の集落から戸知山方面 |
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せっかくここまで来たのだから高山右近生誕地の碑を訪ね、背後の八幡神社にお参りをする。八幡神社の一帯は
少し高くなっている。ここに居館があったとも言われている。
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高山右近生誕地の碑 | 八幡神社。左奥は阿多古神社 |
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さて、戸知山の展望を求めて向山に登ってみる。向山は高札場のすぐ南にある499m標高点の山である。49
9mとはいってもこの地が既に450mあるので標高差40m少しの小山であるが、山の形状といい、山頂に祠
の一つくらいあってもよさそうな山である。
南西側に取り付きを見つけ、植林帯の中を登る。山頂までの所要時間は5-6分、東側から明確な道が上がって
きている。山頂は平坦で南北に長く、南の端に堀切のような址が見られる。生憎期待した展望は得られない。大
きな岩を巻きながら下山する(9時50分)。
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向山山頂 |
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舗装路に出ると今度は10人くらいの自転車集団が南の方から上ってきた。気温もかなり上がってきた。さあ負
けずに走ろう。ロードにまたがると箕面方面へ。陽だまりで暖をとるサルの群れを横目に箕面駅方面目指してダ
ウンヒルを楽しみながら帰路についた。
(本日の走行距離 52km)
第2回マン・コレ
久しぶりのマン・コレ発表会(?)です。
今回は兵庫丹波の絵柄を紹介します。
何といっても注目は篠山です。ふつう絵柄蓋は「1市町村1種類」が常識ですが、何と合併前の旧篠山町だけで
5種類もあります。これは旧篠山町の雨水・下水の管理が他の市町村と異なり、地域毎に行われていたといった
ような経緯があったものと推測されます。いずれにせよ「コレクター」にとっては宝庫のような地域です。
1.篠山市
(1)
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篠山市 |
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合併後バージョンです。市章を知らなければどこかわからない絵柄。
(2)
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篠山町/篠山 |
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城下町を中心とする地域で見られます。絵柄は篠山城大手門です。
(3)
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篠山町/みたけ |
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瀬利・畑宮・般若寺地区で見られます。多岐連山主峰三嶽をバックに流れる川とササユリ。一幅の絵です。
(4)
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篠山町/雲部 |
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春日江・本庄・泉地区で見られます。田圃と山。まさに篠山の風景です。
(5)
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篠山町/村雲 |
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小原・村雲・細工所などで見られます。故郷の川と魚です。
(6)
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篠山町/八上 |
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城下の南東地域で一部見られます。猪の親子と八上城?。篠山を連想させる絵柄の多さに驚きます。
(7)
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西紀町 |
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旧西紀町といえばシャクナゲ。勿論蓋の絵柄もシャクナゲです。
2.丹波市
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柏原町 |
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絵柄は名所「木の根橋」。この絵に柏原が集約されています。
(2)
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氷上町 |
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こちらは一転して頭を悩ませてくれる図案です。これは何?たぬきさん、解説よろしく(^^ゞ
たぬきさんよりのお返事。『氷上町は、「町の木まつと、町の花つつじ町の鳥ひばりをデザインした
ものです』
(3)
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春日町 |
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「春日局」を期待していたのですが、オーソドックスな絵柄。
(4)
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市島町 |
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市島ってツツジが有名なんだ。と改めて教えられた絵柄。
(5)
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山南町 |
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絵柄は矢羽?。「丹波市」バージョンはまだ見かけませんが、新バージョンが出た時は「丹波竜」で決ま
りでしょう(個人的な希望もこめて)。
その他:
青垣、今田、丹南については独自の絵柄蓋を見つけるに至っていません。情報をお持ちの方連絡お待ちしています。
織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。
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