山を駈ける風になれ2009年 3月号
2009年2月7日(土)西宮自転車散歩~今津界隈(1万図 西宮)
仕事で朝から自宅待機。8時に解放されたものの、この時間から100km走をするだけの気合いは入らず、か
といってこのままずるずる過ごしたくもなく、ポタリング(自転車散歩)をすることに。
第6回西宮自転車散歩。テーマが決まらないまま、行き先を「今津」とだけ決めて走り出す。
今津は文教都市西宮の中にあって、猥雑な匂いのする異色の街である。子供の頃、市内で映画館やパチンコ屋は
今津にしか無かった(と思う)ことが、余計にそう思わせるのかも知れない。甲子園球場が近いこともあって、
とても“大阪的”な街である。
今日はそんな今津を走って見つけたものを紹介してみたい。
1.松原神社(松原町)
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松原神社 | 松原神社境内に残る松 |
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ここは今津ではないが、「今津」の由来を説明するにははずせない場所である。
吾妹子に猪名野は見せつ名次山 角松原いつか示さん 高市黒人
海未通女漁火焚く火のおぼほしく 都奴松原思はゆるかも 大伴旅人の随行者
万葉の時代このあたりは松並木が続く砂嘴が伸び、奥に大きな入江があった。務古水門である。大和朝廷にとっ
ては難波湊と並んで重要な湊であったという。この湊に対して“新しい湊”という意味で付けられたのが“今津”
である。
名勝であった松原も今はこの神社の境内に僅かにその面影を留めるのみである。都奴(角)松原には「呉織(く
れはとり)」、「漢織(あやはとり)」の伝承があるが、これはまた機会があれば紹介することにしたい。
2.今津駅(写真は阪神電鉄今津駅)
阪神電鉄今津駅 |
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「今津」というエリアは広い。「今津○○町」という町名に加え、「甲子園△△町」という町名のいくつかは以
前は「今津△△町」という名前だったところがあり、それを加えると相当な広さになる。
さて、今津駅。大正15年に阪急西宝線が今津まで延伸されるに合わせ、阪神もここに今津駅を造った。今でこ
そ両駅は少し離れた位置にあるが、以前は駅舎のホームが並んでいながら間に柵があり、片方の駅に電車が着く
のに合わせるかのようにもう片方の駅に停まっていた電車が出ていき、顧客サービスとか顧客の利便性とか、そ
ういう観念の全くないダイヤにうんざりした経験のある方も多いと思う。だからJRの独り勝ちを許したのだと
は断言しないが、今は少しは改善されたのだろうか・・・。
3.久寿川駅と久寿川
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阪神電鉄久寿川駅 | 久寿川 |
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先に述べたが大正15年に阪急の延伸に合わせ、今津駅が出来るまではここが今津停留所であった。久寿川を
挟んで南北に伸びる一帯が昔は今津の中心地であった。今は駅の南側の公園に小さなお地蔵さんが祀られている
だけの各停しか停まらない小さな駅である。
久寿川も今では溝のような小さな川である。元は糞川と呼び、菜種や綿花の栽培に必要な肥料(糞尿)を舟に
積みこの川を使って運んでいたらしい。
4.今津小学校六角堂
今津小学校六角堂 |
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明治15年に今津の人たちがお金を出し合って作った学校で、この洋風建築の六角堂は当時モダンな校舎だっ
たと思われる。今津小学校の敷地内を何度か移動し、今は南側の道路に面した場所に落ち着いている。
5.大関
大関本社 |
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今津といえばとなりの灘5郷の一つに数えられる今津郷が有名である。そしてその中心的存在が長部家の創業以
来300年近い歴史を持つ大関酒造である。18世紀後半には今津に50以上の酒造家がいたようだが、今では
数えるほどになってしまった。
6.今津灯台・今津港
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今津灯台 | 周囲はこんな感じ |
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この木造高燈籠形式の灯台は長部家5代当主が文化7年、私費で建てたものである(その後再築されている)。
この港から江戸へ下り酒を千石船に積んで船出をしていたのであろう。
北前船で巨万の富を築き西宮12湊を支配した北風荘右衛門(司馬遼太郎の「菜の花の沖」にも登場する、若き
日の高田屋嘉兵衛を援助した人物)の千石船がこの湊にも浮かんでいたことであろう。(学生時代、北風姓の友
人がいたが彼はその末裔かも知れない)
大ガスのグラウンド |
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また、灯台のすぐ北側、今は大ガスのグラウンドになっている今津西浜町には日本一といわれた桶樽屋「桶忠」
の店があったという。日本屈指の酒どころと日本一の桶樽屋、そして北前船が行き来していた今津。今は静かな
街だが、往時はもの凄いパワーを持った街であったことを知った、そんなポタリングであった。
2009年2月11日(水)篠山/曽地奥~天狗岩(2.5万図 福住)
“天狗岩”と名の付く場所は全国にいったいどれくらいあるのだろうか。私のサイクル・フィールドである北摂
・丹波・六甲にもいくつかあるが、共通しているのは天狗がその上に立っていそうな稜線上に突き出た絶景の望
める岩、というところだろうか(北神戸大沢町の天狗岩も標高差は小さいものの眺めはいい)。
さて、今日訪ねる天狗岩は篠山、高城山の南、曽地と殿町を分ける南西から北東方向に伸びる稜線の主峰である。
地形図を見る限りでは岩マークは見当たらない。この稜線は10年以上前、MTBで走れないかと断片的に踏査
したことがある。結果は不適。でも歩く分には全く問題ない。
午前6時36分、ロードで出発する。夜明けが日一日と早くなるにつれて行動開始時刻も早くなる。まあ鳥みた
いなもんである。久しぶりにR176周りで北上、18年間走っていて初めてという、赤坂峠~道場間ノン・ス
トップ(途中いくつもある信号に一度もひっかからず)を経験、やや追い風ということもあって、快走が続くま
ま篠山城大手門前まで走り、般若寺から南下してR372沿いのコンビニで本日1回目の軽食休憩をとり、日置
から曽地川沿いを遡って、曽地奥に着く(9時30分)。
地形図の天狗岩南西尾根をまたぐ破線路の入り口である。厳重に閉じられたシカ除けフェンスの扉を開けて農道
を進む。500mくらい歩いたところで農道は終点になり、左右に山道が分岐する。
地形図の破線は左(西)の道だが、いきなりひどい倒木が待ち構えているのが見えたので、右(北)の山道を選
択する。こちらも歩くほどに倒木のひどい谷になる。頃合いを見て谷筋を離れ、左手の植林帯の急斜面を登り、
枝尾根に出る(9時50分)。
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枝尾根に乗る | もうすぐ頂上? |
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雑木もまばらな落ち葉ふかふかのいい枝尾根である。かなり北に振ったので山頂近くにいっきに飛び出しそうだ。
再び植林帯の急傾斜に変わる。ただ登り切ったところがピークのようにも見えることを励みに一歩一歩、歩を進
める。
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山頂まであと一息 |
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主稜線に出る(10時02分)。樹間から篠山の市街地が見える。登り切ったところは天狗岩山頂南西200m
の標高500mコブである。すぐ先に山頂が見えているのでそう断定できる。コブからは4-5分で山頂に着く
(10時06分)。
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天狗岩3等三角点 | 母子の三国岳が見える |
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手前からみると険しそうな山頂であるが、山頂は長方形をした平坦地である。中央に角の欠けた三角点が埋まっ
ている。3等三角点である。3等の「等」の字の部分が欠けている。雲行きが怪しくなって南西方向から強い風
が吹き付けてくると途端に寒くなる。
頂上の周囲をぐるっと見渡して名前の元になった岩の存在を確かめたが、それらしい岩は発見できなかった。も
う少し北東方向に足を延ばせばあったのだろうか。
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色づくスギ林 |
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雨に祟られる前に下山することに。最初に考えていた稜線を跨ぐ破線路は下山近くの場所がとても気持ち良く歩
けるような場所ではないので、登りに使った枝尾根を最後まで使って下山する。(10時29分)。
雨雲は去り太陽が顔をのぞかせると途端に暖かくなる。確実に春はやってきているようだ。スギ林も飛散間近の
色づきを見せている。峠を越えて後川奥に出ると最短で帰れるが、距離を走る練習がてら、再び篠山城前の広場
まで戻り、向い風と戦いながら大周りで帰路についた。
(本日の走行距離120km)
2009年2月15日(日)北摂/杉生~清水390山(2.5万図 木津)
この2-3日春を思わせる陽気が続く。今日も日中は15℃まで上がるという。ちょっとお疲れ気味だが、こん
な日は体を動かしてさっぱりしたい。行く当ても決まらないままウェストバッグに福住と藍本の2.5万図を放
り込んで走り出す(6時36分)。
やはり体が重たい。おまけに弱い向かい風と立て続けに赤信号にひっかかり、早くもモチベ-ションは下がり気
味。それでもそのうち調子が上向いてくるかも知れないと思いつつ川西能勢口周りで北上を続けるが疲れがぬけ
る気配はなく、杉生の交差点で折り返し、と決めて杉生へ(8時56分)。
ここでいつものように水分補給を摂り、しばらく付近を流しながら立ち寄り場所を考える。集落の中の細い道を
走れば、ふだん目にすることのないお地蔵さんやら、小さな神社など新鮮な発見もある。
再び杉生の交差点まで戻ってきたところで、山頂にアルミのポールのようなものが立っている山に登ってみよう
と思い立つ。それは杉生の交差点の南西1kmほどのところにある山で、いつも水分補給をしながら機会があれ
ば訪ねてみたいと思っていた山である。
さて登り口はどこにあるのだろうか。山頂のポールを目で追いながら山裾を走りながら南下する。松山寺を過ぎ
たすぐのところに山に入る林道を見つける。どうやらこれらしい。入口は簡易舗装されているが、すぐに地道に
変わる。ロードをデポして林道を分け入る(8時35分)。
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登り口は広い林道が続く |
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朴の木の落ち葉が積もった道は荒れてはいるが、よく見ると簡易舗装の名残がある。何故こんな谷に、と思って
進むと答が現れる。堰堤である。昭和60年に作られた堰堤が目の前に現れる。簡易舗装の道は堰堤工事の資材
・重機搬入のために切り開いた道だったというわけ。
堰堤の手前左手地面に火の用心の標識が落ちている。巡視路というにはいささか荒れているが、北側から山に取
り付く。やがて左手からNHKの塩ビ階段が合流、気持のいい雑木林の尾根歩きに変わる。
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山頂はあっちのようです・・・ | 気持のいい山道に変わる |
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西向きに一直線に山頂を目指して付けられた道は急斜面ながら最短距離で山頂に誘ってくれる。傾斜が緩んでき
たら電柱が現れ、その奥にNHKの施設が立つ山頂に着く(8時55分)。「NHK猪名川北テレビ中継放送所」
と書かれている。小さな“お皿”が真ん中あたりについた中継塔である。ふもとから見えていたのはこいつに間
違いない。地形図が無いので正確にどの位置にいるのか、標高はどれくらいなのか判らない。
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山頂に到着 |
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山頂部分は広く切り開かれて寛げる場所になっている。南東方向に双耳峰の愛宕山が迫って見える。尾根は北西
方向に続いているが、完全なヤブ尾根である。今日の体調を考えればおとなしく戻った方がよさそう。
とはいっても完全に同じルートで戻るのも芸が無いので、NHKの塩ビ階段を辿って下山をする。と、これが飛
んでもないルート。山の形状を考えずに付けたちゃっちい階段は崩れた木の根っこごと押し流され、塩ビのパイ
プがあちこちに散乱しており階段の役目を果たしていない。これを見ると関電の擬木階段はしっかり作られてい
るなと改めて思う。
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お寺の裏に下りてくる |
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結局、適当に山の斜面を滑り下りながら最初の堰堤の下に着く。ミニ山歩き終了。更に気温が高くなってきた。
松山寺の本堂越しに春の陽ざしに包まれた集落が見える。さて長年の懸案だった低山訪問を終え車道に戻る(9
時15分)。やはり今日は足が残っていない。こんな日はおとなしく家に帰ろう。
(本日の走行距離 71km)
2009年2月22日(日)六甲/最高峰~ゴロゴロ岳~ガベノ城(2.5万図 宝塚)
所用等で時間に制約がある時でも充実した走行感を味わいたいというわがままな要望に応え手てくれる六甲は身
近で便利なフィールドである。今日は仕事の関係で早めに帰宅しなければならない。既走のコースも織り交ぜな
がら標記のルートを設定する。
午後から天気が下り坂に向かうという予報だがさっさと帰ってくるので問題はない。6時25分、1ケ月半ぶり
にMTBを引っ張り出して走り出す。交通量の多い国道を避け、久しぶりに蓬莱峡を眺めながら有馬街道経由で
有馬に(7時12分)。
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魚屋道で数少ないビューポイント | 六甲山頂 |
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まずは、いつもの虫地獄横から魚屋道を通って最高峰を目指す(7時20分)。前回走った時は道が荒れ、走り
辛かったが、落ち葉の堆積とハイカーが適度に踏み固めてくれたお蔭で走り易くなっており、乗車率もグンとア
ップ。軽快な走りでハイカーを一人パス、最後は積雪を踏みしめながら一軒茶屋に(8時10分)、ここまで来
たら最高峰(931m)にもご挨拶だ(8時16分)。
気温は5℃と低くはないが、西寄りの強風で体感的には寒く感じる。汗をぬぐい、水分補給を摂って下り中心の
“第2ステージ”に入る。まずは舗装路を東へ下って、鉢巻山(810m)の南を回り込み、芦有のゲート手前
でガードレールを乗り越え、林山・奥池方面に向かうシングルトラックを走る。適度に積雪も残っており極上の
山道走りが楽しめる。ところどころ「担ぎ」もあるが、それをクリアすれば熊笹峠まで快走、相変わらずヤブの
とかが尾山(621m)にも立ち寄ったりしながら奥池へ(9時04分)。
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ここから奥池方面へ山道走りをします | 熊笹峠へ向かう快適シングルトラック |
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前にこのルートを走った時は、ここからハイキング道を芦屋川駅方面に向かって下ったが、今日はゴロゴロ岳(
565m)方面の標識に従って南東方面へ走る。
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556山へは「担ぎ」が続きます | 展望岩からガベノ城 |
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いきなり「担ぎ」の階段登りがやってくる。それをクリアすると556山。奥池から六甲主稜線の大展望が開け
る。ここからゴロゴロ岳分岐までの山道はアップダウンも多く、乗車率は下がるが、走っているうちに乗車率も
上がり、やがて観音山方面からの道と合流し、ゴロゴロ岳の山頂に着く(9時41分)。
2001年3月以来、8年ぶりのゴロゴロ岳だが以前と変わっていないようである。さて、ゆっくり休む間もな
くガベノ城(483m)に向かう。
ガベノ城とは変った名前だが、“ガベ”とは“壁”のことらしい(従って「カベノ城」と書かれた本や地図も意
味的には合っている)。ここに中世の山城があったというがどうだろう。丹波で山城が在ったという多くの低山
を巡って得た“山城築城の条件”からすると少し違うようにも思える。麓からみると鷲林寺の背後に壁のように
連なる断崖が続いて見えたことから付いた名前と考えるのが妥当に思えるのだが・・・。
さて、そのガベノ城へはゴロゴロ岳から500mほど戻ったところの分岐を「剣谷方面」へ向かう。六甲は標識
が整備されているから地図を取り出す必要が無い。その分、本当に道を外した時は遭難する恐れがある。ハイカ
ーを甘やかすのも考えものだ。
それはさておき、分岐を下るとすぐに「カベノ城」と書かれた見晴らしのいい岩場に着く(9時53分)が、こ
れは“偽モノ”である。それはまだ送電線の下をくぐっていないことでわかる。岩場に立つと本物のガベノ城が
見える。
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ガベノ城 |
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“本物”に向かって走る。が、山道はガベノ城の北を巻いて下っていく。仕方なく適当にヤブを突っ切って頂上
に立つ(10時07分)。“本物”の方は展望無し。どう見ても岩の多いただのコブである。ここへ下って来る
途中の石垣も土留めの石垣でそう古いものではない。
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シングルトラックも終盤へ |
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再び山道に戻りどんどん下っていく。甲山がだんだん目の高さになり、下界の住宅地が大きくなってくる。東六
甲特有のザラ場の斜面に変わると殆ど乗車は出来なくなり、配水施設(?)の横から剣谷の住宅地の前へ(10
時29分)。
目の前に高級外車が停まっている。この剣谷から柏堂(「がやんどう」と読む)にかけては豪邸が並んでいる。
石垣にMTBを立てかけて汗をぬぐう。MTBがあるからいいようなもののなかった日にはまるでホームレスの
ようにも見えかねない。こんなところはさっさと退散しよう。鷲林寺方面へ走り、北山貯水池の横を走って、甲
呪寺前から仁川ピクセン前を経由して帰路についた。
(本日の走行距離 39km)
2009年2月26日(木)三田/花山院(2.5万図 藍本)
菜種梅雨だという。テレビでは気象予報士のお姉さんが物知り顔に天気の解説に加えて季節の歳時記を伝えてい
る。確かに今週初めから続く雨のメカニズムは菜種梅雨の時と同じかも知れないが、いくらなんでも2月下旬に
菜種梅雨はないだろうと思うが如何だろか。
古来、わが国の季節感は畿内をベースに表現されてきた。京阪神では菜の花が咲いていないのに菜種梅雨はおか
しい、というのは偏った考え方だろうか。菜の花は2月から6月にかけて咲くので本当は季節を表現する植物と
しては適さないのかも知れない。
さて、予定していた振替休日がそんな梅雨の晴れ間にうまく回ってきた。木々の雫を浴びずに山頂に立てそうな
山ということで、三田の花山院(421.4m)を訪ねる。
駅へ急ぐサラリーマンを横目にロードにまたがってゆったりと出発する(午前6時24分)。平日朝のR176
は交通量が多いので避け、川西能勢口周りで木津-笹尾峠-上佐曽利(7時45分)-大坂峠-切詰峠と走って
志手原から尼寺の花山院参道入り口に着く(8時14分)。
表参道から花山院山門を目指す。舗装路を通って山門を目指すという無粋なことをするのは、激坂上りにチャレ
ンジするため。20年ほど前、下の駐車場にクルマを置いて家族で歩いて登ったことがあるが、きつかった記憶
がある。
これをロードで上りきることが出来るか。旧道の山道歩きもいいが、それでは低山ハイカーと全く同じになって
しまう。
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ヒルクライムはここから始まります |
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スポーツドリンクを一口飲んでヒルクライム・スタート。登り口の案内には上まで900mとある。900m我
慢すれば山門に着くということだ。最初から10%はあろうかという上り。それでもこの程度ならどうというこ
とはない。300mを過ぎた辺りから物凄い斜度に変わる。
あっという間にギアは1枚残しの状態に。ここにきて大坂峠の急坂上りがじわじわと効いてくる。おまけに4日
前に走った六甲越えの疲労も等と言い訳めいた思考に変わってくる。500mを過ぎた辺りでカーブのコーナー
に琴弾坂の石標を見つけ、立ち止まって呼吸を整える。
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たまらず1回目の休止。琴弾坂 | 振り返るとこんな感じ・・・ |
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それにしても尋常な坂道ではない。昨日の雨で路面は濡れており、あまりダンシングを掛け過ぎるとリアが空回
りをする。一旦止まると再スタートが大変だ。最後の1枚を使い走り出す。頭の中はこの激坂をどう表現しよう
かということだけ。
これまでいろいろな急坂を上ってきたがここが一番かも知れない。7年前寒霞渓を上った時、ガイド本には「1
8%の坂が3.5kmに亘って続く」とあって恐る恐る上ってみたが、実際は「3.5kmの間に斜度18%の
坂が何度か現れる」だった。
我が家の近くには塩尾寺への上りが結構激坂だが、路面の荒れを差し引く花山院の方が上だろう。ということで、
ここを“北摂のゾンコラン”と勝手に呼ばせてもらおう(ゾンコランはジロ・ディ・イタリアのコースにしばし
ば組み込まれる超激坂)。以上、あくまでも個人的な感想です(通販のコメントか!)。
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大概にせえよー、なんじゃこの坂は (道はコンクリートの上の方の段へと続いています) |
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800mを過ぎた辺りで2度目の休止を入れる。ラストのカーブのコーナーの立ち上がりは「大概にせえよー」
と叫びたくなるような斜度。道は一段上のコンクリートの上の方である。「歩き」と変わらないような速度でコ
ーナーを回るとようやくなだらかになり、最後のカーブ(これが本当の最後)をクリアして頂上ゴールとなる(
8時29分)。
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ああ、しんど・・・もう、ええわ(花山院山門前) |
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サイクルコンピュータをチェックする。1.13kmもあるじゃないか。平均斜度は家に帰ってから計算しよう。
山門を掃き清めていた老人に挨拶をし、一応お決まりの御詠歌の情景どおりに有馬富士を眺め、展望台とは反対
側の境内の端から山に入る。と、おお、「千鳥正宗」の名前が入ったベンチが・・・。その前を回り込み、防災
無線の施設の裏から北に向かい、4等三角点の埋まる山頂に着く(8時45分)。点標名「花山院」は勿論お寺
の名前から付けられたもの。周囲を木々に囲まれ展望はない。真東に有馬富士よりもシャープな姿を見せるのは
烏ケ岳(528.3m)である。
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ここがこの山の最高地点です |
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さきほどまであった日差しが隠れてしまうと寒くなる。境内へ下り、ロードを回収して本堂へお参り。参道を下
る。結局最後まで手はブレーキレバーに吸いついたまま県道へ出る。再び日差しが出てきた。うまい具合に北の
風が吹いている。「売り切れ」状態の足には願ってもない追い風である。
当初は次の立ち寄り先も予定していたが、そんな気力もなくおとなしく帰路についた。
(帰宅後計算した平均斜度は15.5%。最初が10%としたら途中から20%、部分的には25%くらいあっ
たかも知れない。恐るべし花山院参道!)
(本日の走行距離 67km)
織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。
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