山を駈ける風になれ2003年 11月号
2003年10月4日(土)北摂/中山峠〜浮峠〜はらがたわ峠(2.5万図 木津、妙見山、福住)
この週末は久しぶりに好天に恵まれるとの予報に表題のコースを走って北摂の秋を楽しむことに。5時の宝塚の
気温14℃。9月6日に井階山(氷上)まで走った時は27.5℃の熱帯夜だったことを思うと、この1ヶ月で
めっきり秋が深まった。
5時52分、自宅を出発。勿論今日もロードだ。夏仕様のジャージ、レーパンでは少し肌寒いくらい。凛とした
朝の空気を貫いて元気よく走り出したものの体が重たくスピードが上らない。体調が悪いのではない。ウエート
・オーバーなのである(昨日、年に1度の健康診断で体重を測定したらベストよりも1.7キロ重かった)。
心当たりはある。週半ばにご馳走を食べに行って4膳もおかわりしたことが原因に違いない。ま、そのうちなん
とかなるだろうと気楽な調子で川西能勢口回りで北上、杉生に着く(7時07分)。
いつもはここでたっぷり水分補給をするのだが、今日は気温が低く一口飲んだだけで十分、すぐに本日最初の峠、
中山峠(約320m)に向う。
中山峠への道を走るのは何年ぶりだろう。以前はMTBでよく走ったものだが、ここ10年近くご無沙汰かも知
れない。確か坂が3段くらいになっていた記憶がある。やはり体が重たい。軽快に上ろうとしたが、誰かが後ろ
から引っ張っている感じだ。そりゃそうだろう、1.7キロといえば大きなペット・ボトル1本積んで走ってい
るのと同じなのだ。
2段目の上りで早くもバテバテになる。こんなことで最後のはらがたわ峠を上りきれるのか疑問だ。とはいえペ
ダルを回し続けていればいつか峠に辿り着くもの。7時20分、中山峠を通過、山あいの道を下る。
山田川を渡りすぐのところを左へ大きくターンし細い林道に入る。豊能自然歩道の標識が立っている。浮峠(約
275m)への道である。ただの山道にしか見えないが旧丹州街道(注1)である。小さな山の中を小さなカー
ブを繰り返しながら標高を上げていく道だが、斜度はさほどでもなく私のようなウエート・オーバーのヘナチョ
コ足でも平均速度20km/hをキープしながら上っていける。
注1:丹州街道・・・池田市から能勢町を経て篠山市福住に至る街道で篠山道、丹波街道ともいう。
丹波や能勢地方の年貢米の輸送路であった他、能勢郡の銅や薪炭などの搬出路として、また丹波杜氏の酒造
り出稼ぎに利用された(神野清秀著『大阪の街道』)。
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浮峠 |
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峠頂上の手前で前方に斜面を倒木伝いに駆け上がるリスを見つける。シバ栗でも拾いにきたか。7時28分、浮
峠に到着。峠の様子をデジカメに収めて先を行く。豊能自然歩道を集落に沿って北に走りR173に合流。10
0m少々走ったところを一里松キャンプ場方面に折れて山辺川沿いの道を北上する。
ここから今日一番の上り、はらがたわ峠(約575m)への上りが始まる。ここも旧丹州街道である。トンネル
を穿ちバイパスとなったR173の赤いループ橋の下を潜ると徐々に斜度が増してくるが思ったよりもいいスピ
ードで走っている。朝の体の重さも無くなった。脂肪が燃焼して体重が減ったか。
やがて左右に道が分岐、旧道と思われる道は通行できないようになっていて、左に新しく付けられた2車線路の
舗装路を走る。傍らに『大阪府立北摂自然公園』とかかれた標識が建っている。いつそんなものができたのか。
たまには“庭”も隈なく走っておかないと知らない事が増えてくる。
『上り坂 8%』という坂を軽快に上ると右手に砂防ダムにしては大きすぎる建設中のダムが見える。何だろう
と思いながら少し下れば旧道と合流、再び上りが始まる。斜度は一層増してくる。この坂を荷車を引いて通った
昔の人の苦労が偲ばれる。
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はらがたわ峠の上り・・・ついに12%の坂が現れる | まだまだ続く12%・・・(-_-)
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空気は冷たいが汗を流しながら上っていくと、左に廃道のような道を分岐する。右手の道の脇には『斜度12%』
の標識が。ついに出たか。六甲の上りと同じだが先週本郷側から大タワ(篠山、三嶽と小金ケ嶽の鞍部)を越え
たので12%も苦にならない。
39×21でダンシングしながらゆっくり上って行くとまたしても『斜度12%』の標識、まだ続くか・・・。思わ
ず39×24にギアを落しシッティングで上り詰めると何とR173に出てしまった。はらがたわトンネルの前
だ(8時03分)。
さっきの左に分岐する道こそがはらがたわ峠へ上る道だったらしい。昔下りに使ったことはあるがハイスピード
で下るものだから上りでは初めてみたいなもの。ダンプが横をすり抜けていくトンネルを怖い思いをしながら抜
け天王方面へ下り、最初の分岐を左折、改めてはらがたわ峠に向かう。
今日は何故か余力十分、いつもは辛いはらがたわ峠への悪路の上りも軽々こなし8時08分、はらがたわ峠に到
着する。若干道を間違えはしたものの予定の峠はすべてクリアした。峠の水場で汗を洗い落とす。冷たい。『只
今の気温12℃』の天王へ下る。
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はらがたわ峠に到着 | 三田で秋を見つけました |
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あとはいつもの周回路。羽束川沿いの道を籠坊温泉経由で後川上に下り(8時35分)、更に静かな山あいの道
を下って三田の小柿へ。
一面に咲き乱れる満開のヒガンバナとたわわに実るカキの木の風景を楽しみながらのんびり走ったり、トラック
のスリップ・ストリームを利用してアレッサンドロ・ペタッキ(注2)になった気分でスプリントをかけたりし
て好天の秋の一日を存分に楽しんだ。
注2:アレッサンドロ・ペタッキ・・・イタリアのプロロード・チーム、ファッサボルトロの
スーパー・スプリンター。今年、グランツールすべてのレースでステージ優勝獲得は
45年ぶりの記録、しかもジロ6勝、ツール4勝、ヴエルタ5勝の計15勝は新記録。
ちなみに今日はそのペタッキと同じファッサボルトロのチームウエアで走った。
(本日の走行距離 109km)
2003年10月18日(土)青垣/仁右衛門山 (2.5万図 黒井、大名草)
仁右衛門山はパラグライダーの愛好家で賑わう青垣町の岩屋山系東に位置する山。慶佐次 盛一氏の『兵庫丹波
の山』では竜王山という名前で紹介されている山である。岩屋山一帯は麓からハイキングコースが何本も設けら
れており気軽に山歩きが楽しめるようになっている。
5時の気温、9.5℃は今秋一番の冷え込み。急激に寒くなった。放射冷却が効いてこの分だと道中はずっと霧
の中の走行になるかも知れない。覚悟を決めて走り出す(5時58分)。距離が長いので今日もロードだ。
特に早くもなく遅くもなく淡々としたペースで走り続ける。覚悟していた霧は意外と現れず、藍本手前で最初の
霧に突入。古市−篠山と真っ白な世界の中を走り続け、鐘ヶ坂トンネル手前で一旦晴れるも、トンネルを抜けた
柏原側へ下り切ったところでまた霧の中。氷上町に入ったあたりでようやく霧が晴れると文句なしの秋晴れ、安
全山が見渡せるコンビニで食料を調達し(8時25分)、青垣町に入って芦田の交差点を左折する(8時45分)
ここからは丹波少年自然の家の中を進みながら岩屋山に上って行く林道を進む。林間の中をゆっくり上っていく
道で冷たい空気が気持ちいい。あちこちにハイキングコースの案内板が現れる。以前岩屋山に登った時よりも更
に整備された感じだ。
勾配が徐々にきつくなってきた。砂防ダムを越え竜王の滝を横目に見ながらぐいぐいと上っていく。東屋の隣に
『木地屋のお仙跡』(注1)の解説板が現れる。
急勾配のヘアピン・カーブの手前に杉ノ下コ−スの入口を見つけ、現在地を確認がてら少し休む。ここにきて向
い風の中を走ってきたツケが徐々に出始める。斜度はそれほどでもないのだがギアを39×27に落しダンシン
グとシッティングを交互に繰り返しながら上っていくことに。
さきほどの休憩ポイントから700mくらいのところで林道は大きく右へカーブ、『山頂まで4.5km』の標
識が現れる。ここが標高約350m、仁右衛門山分岐が約500mだから、標高差にしてあと150m頑張れば
いい。
ここからは次第に展望も開け走り易くなる。いくつものカーブを過ぎ、まだまだかなと考えながら上っていると
目の前に『竜王山へ』という案内標識が現れる(9時19分)。とにかく着いた。整備されたハイキングコース
が植林帯の中に続いているのが見える。暑い。ウインドブレーカーを脱ぎ、半袖ジャージに。水分補給をし、仕
度を済ませて歩き始める(9時25分)。
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青垣の杜、竜王山へのコース入口 |
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仁右衛門山まで直線距離にして約1km、標高差(仁右衛門山は568m)を考えると楽勝ムードでいたのだが、
植林帯の中の道は意外とアップダウンの多い道で既に足を使いきっている身には結構こたえる。小さなアップダ
ウンをいくつかこなし、木の階段をず〜っと登り詰めたところが557m標高点ピーク(9時33分)、ここか
ら周囲の景色は雑木林へと変わり、おせっかいな木の階段も姿を消して気持ちのいい山道に変わる。
大岩が数個並ぶ場所を通り、斜めになった平たい岩の上を歩き、小さなコブを越えると樹幹越しにカヤマチ山か
ら水山へと続く氷上・青垣を分ける長大な尾根が見えるポイントも現れる。もうそろそろ頂上かなというところ
で山道の左手にオルメカ・ヘッド(注2)のような形をした岩が現れる。
勿論ただの自然石(だいいちここはユカタン半島ではない)だが、木漏れ日のマジックというかそう見えなくも
ないのが愉快だ。
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山中にオルメカ・ヘッド出現?! |
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オルメカ・ヘッド(と勝手に名付けた)から1分も歩かないうちに山頂に到着(9時41分)。山頂には東屋が
設けられていて、北東方向に切り開きがある。ウエストバッグをベンチに置いて景色を眺める。
吼子尾山越しに福知山盆地に雲海がかかっているのが見える。今年初の山頂からの雲海の眺めだ。北東方面、雲
海の奥に見えるのは99年に登った鬼ケ城と烏ケ岳、そして西側にはこんもりとした姫髪山も見える。遥か奥に
霞んで見えるのは大江山か。
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雲海の福知山盆地(仁右衛門山山頂より) | 仁右衛門山山頂の東屋 |
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とにかく絶景である。しばし雲海を肴にサンドイッチを頬張る。靴の先にアキアカネがとまった。東の方は親不
知か。この山はまだ登ったことがない。北もなかなかの展望で姿のいい山がたくさん見えるが残念ながら手持の
地形図外の山域であり、山座同定ができない。
山頂を吹きぬける風が冷っと感じてきた。随分ゆっくりしていたようだ。このままカブト鉢まで足を伸ばそうか
と考えたが、MTBじゃないのでまた戻って来なければならない。結局来た道を戻りデポ地に出る(10時12分)。
林道の急カーブをパラグライダーの愛好家達の車が上って行くのに出会う。ようやく活動を開始し始めたか。
仕度を整えてゆっくり林道を下る。芦田の交差点に着けば(10時30分)待望の追風、爽やかな秋風に包まれ
てかく汗もさっぱりしたもの、途中2度の休憩と食事を摂っても家に帰り着いたら14時前だった。
(本日の走行距離 172km)
注1:木地屋のお仙跡
往古、倉町は椋町とよび、鬱蒼として昼なお暗く、九十九谷を数え、百ノ谷ではクマが棲む
といわれた。ここに平安末期、大塔ケ瀧を中心に木地師が移り住み、やがて子孫は桧倉や小
倉を始め各地に分れて仕事をしたという。しかし村人は久しくその棲息を知らず、ある時、
大水によって箸や椀が流れ出したので、人が住んでいることを知った、と伝えている。
江戸の初期、この木地屋に絶世の美人がいた。名をお仙といい、その姿を垣間見た里の若者
は争って言い寄った。初めは断り続けたお仙も、その中に1人の若者と人目を忍ぶ仲となっ
た。これが木地師たちに聞こえ、「山の掟」と、若者との別れを迫られ、思い悩んで床につ
いた。こうして、お仙は悲しみの中に世を去ったが、里人たちは、これを哀れに思い永く伝
えた。(説明文より)
注2:オルメカ・ヘッド
BC.1200年〜400年頃、ユカタン半島(現在のメキシコ)を中心に栄えたオルメカ文明を
代表する巨石頭部石像のこと。1860年にトレス・サポーテス遺跡で初めて発見されこれまでに
16個が見つかっている。
2003年10月25日(土)三田/三国ケ岳、雲海見物 (2.5万図 篠山)
朝晩の気温差が大きくなってきた。今年は秋の進行が早いようだ。この週末もいい天気という予報
に、久しぶりに丹波霧の雲海を見に行くことにする。“絵”になる雲海展望ポイントといえば、小
川芋銭が描いた『丹波の朝霧』で有名な美濃坂峠。そしてその東側に円錐形の形のいい隆起をみせ
る三国ケ岳。この山頂からの展望は抜群だ。
5時55分、ロードで出発。先週にも増して寒い。なにしろ午前5時の気温7.3℃はこの秋一番
の冷え込み、快晴。放射冷却は十分、丹波霧の発生条件は完璧だ。この分だと北六甲台あたりから
霧の中の走行になるかも知れないなどと考えながら赤坂峠を越え天上橋の交差点まで下ったがその
気配なく意外な感じを抱きつつも晴れている方が当然走り易いのでそれはそれなりにありがたく距
離を稼がせてもらう。
何故か体が重く、先週より明らかに遅いペースで走っていると藍本あたりで最初の霧に遭遇する。
ここは先週と一緒だ。古市あたりで一瞬霧が切れかけたが、篠山盆地に入るといつもの深い霧に包
まれ安心する。
いつもは早く晴れてくれと願う霧だが、今日ばかりは山頂に着くまでは残っておいてもらわないと
走っている意味がなくなってしまう。北摂のど真ん中を北上せずにR176回りで北から大回りコ
ースを走っているのもこの方が所要時間が短いとふんだからだ。
南矢代駅手前のコンビニで食べ物を調達し(7時29分)、R372に合流、小枕に向う。真南条
中あたりで霧が晴れて青空が覗き出す。おい、ちょっと待ってくれよ。
7時44分、小枕の交差点に到着。周囲の霧は完全にあがっている。篠山市街地方面はどうなのか、
この場所からではわからない。美濃坂峠手前にある展望台で雲海が見られなかった時はただのヒル
クライム・ツーリングで終わってしまいそうだ。
この三田の母子(もうし)へ抜ける道は最初の2kmほどはほとんど平坦、小枕川沿いに淡々と進
み、溜池を過ぎて左へ大きくカーブする。ここから“山岳コース”に変貌する。峠まで2km標高
差200m、単純計算で平均斜度10%の上りが始まる(美濃坂峠は標高495m)。
あっという間にインナー×ローに1枚残しの状態、ダンシングとシッティングを織り交ぜながら展
望台目指して次々とカーブをクリアしていく。
まだまだと思っていると前方右手に展望台が現れる。駐車スペースに車が一台停まっている。雲海
は残っているか、と自転車を置き、展望台の上にあがると
「おおっ」見事な雲海が広がっている。間に合った。写真を何枚か撮るが昔に比べて周囲の木が茂
り、思ったような写真が撮れない。そこで場所を移動、美濃坂峠へ向って撮影ポイントを探しなが
ら走る。峠手前で一ヶ所いいポイントを見つけ写真に収め、あとは一気に峠へ(8時07分)。
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美濃坂峠手前より篠山盆地の雲海を眺める |
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三田側は秋の朝日に照らされている。眩しく輝いているのは茶畑、母子茶になる。近畿自然歩道の
入口でもあり、三国ヶ岳への登り口である休憩ポイントには『ふきのとう休憩所』と名付けられた
東屋があり、美濃坂峠等の説明板が立てられている。
どうやら今後この峠には美濃坂峠という名前が定着しそうだ(注1)。ここからは地道の林道に変
わるのでロードをデポし、歩きで三国ヶ岳山頂に向かう。茶畑を左に見ながら200mほど進んだ
ところで道は分岐、丁寧な案内標識に従って左手山側の道をとると山頂までは400m。林道分岐
にリンドウが群生している。
そんなしょうもないことを考えながら山道は1本道、分岐から10分で山頂に到着(8時23分)。
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林道分岐のリンドウ |
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4年ぶり3回目の訪問だ。背丈よりも高いススキが生い茂って弩迫力の展望とはいかないが篠山盆
地を雲海が覆い尽くしている。雲海の上を真っ直ぐ歩いて行くことができたらすぐに三嶽に着きそ
うだ。
見事なまでの雲海は鋸山から鐘ヶ坂方面まで西に大きく広がっている。見事な光景に出会うことが
できた。もうあと30分もすれば霧は晴れそうだ。どんどんと霧が動いている様子が見える。山頂
の2等三角点に腰を下ろし、波打つ雲海を眺めながらサンドイッチを頬張る。
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多紀三山と雲海 | 三国岳山頂の様子 |
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盆地を埋める雲海の中央部がドーナツ状に口を開け始めた。篠山城址を中心とした市街地が見えて
きた。やはりコンクリートやアスファルトで地表を覆われたところは霧を形成する空気中の水分が
少ないと見える。
雲海の動きに見とれている間に太陽の遠赤外線効果で暖かくなってきた。元来た道を戻り『ふきの
とう休憩所』に戻る(9時05分)。気が付かなかったが“ひっつきむし”がたくさんついている。
やっぱり秋だなあ、としみじみ思いながら母子へ下り、母子大池に立ち寄ったりしながら、沿道に
コスモスの咲き乱れる三田路をゆっくりと流しながら家路についた。
(本日の走行距離 93km)
注1:地形図ではこの峠の名前は記載されていない。日本画家の小川芋銭が『丹波の朝霧』とい
う絵を美濃坂峠から描いたということを近年紹介したのは慶佐次 盛一氏の『兵庫丹波の
山』(下巻)、どうやらそこから峠の名前が定着した感がある。この峠には三国峠という名前
をどこかで見たことがあるし、寛延元年の『摂津乃国名所細見』には天王峠の名前が記されている。
織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。
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