山を駈ける風になれ2005年 11月号
2005年10月1日(土)亀岡・能勢/柊峠〜吉野(2.5万図 埴生、妙見山)
目的の山に登るためにその山よりも標高が高い峠を越えて走ることがままある。低山遊びならではの珍現象。
今日の吉野(420m)もそうだ。しかも現地に向うまでに4つの峠を越える(勿論もっと手軽に行けるル
ートはある)。
吉野は摂津と丹波の国境、今のR477柊峠の西にある山の頂上付近にある三角点の名前だ。最近変電所が
出来、林道伝いに上ればすぐに山頂に着けそう。山頂から倉垣の里が眺められるだろうか。
5時40分、いつものようにロードで出発。川西能勢口回りで県道篠山線を北上、杉生新田から泉郷峠(4
80m)を越え、天王の寺田橋に着く(7時28分)。道端にノウサギ発見。今日は格別に速い。水分補給
の後、深山分岐を過ぎ天王峠(600m)を越える(7時40分)。ここが本日の最高標高。
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本日の最高標高、天王峠 |
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気持ちよーく10分下って畑野のコンビニで食料調達、再び走り出せば久しぶりの千ケ畑の峠越え(375
m)。更に上り返して柊峠(272m)に到着する(8時15分)。
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ひいらぎ峠関所跡 |
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ここが摂津と丹波を結ぶ最短路、丹州街道吉野の関のあった所だ。今は峠の西側のヤブの中に『ひいらぎ峠』
の石碑が残るのみだ。古書には『関の明神祠アリ』と記され、当時は往来の旅人の安全を願って道祖神が祀ら
れていたことがうかがえる。
また、『ひいらぎ峠』の名前に『峠にあった柊の葉は摂津の国の方には針が無く、丹波の国の方にはあった』
との伝承がある。これは鬼(大江山の)が入って来ないように願ったことを表している。鬼とは何か。こうい
う闇の歴史を教えないと、どんどん日本人は勝ち負けだけに拘る薄っぺらな人間になってしまう気がする。
閑話休題。車道を横切って東に九十九折の林道を上っていく。1kmほど上ったところ、カーブミラーの10
mほど東にヤブがほんの僅か切れているところが吉野への登り口だ。
クモの巣を払いながらヤブに突入するとすぐに切り開きが現れる。大阪府と京都府の境界である。いややはり
摂津と丹波の国境といった方がしっくりくるようだ。明確な径とは言い難いが、どうだろう、ヤブに突入して
30mくらいで、4等三角点が現れる。384.8m点標名「吉野」だ。
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山の斜面にある三角点 |
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こんなヤブ山の斜面に埋まっている三角点も珍しい。登りだから発見できるが、下りだったら見つけられたか
どうか。せっかくだから山頂まで足をのばす。
ヤブに覆われた薄暗い山頂だが、中央に一本の石柱が立っている。『第三号標 従是南摂北丹境界』と彫って
ある。『南摂北丹』とはちょっとずぼらな表現のような気もするが、それよりも展望を期待していたので残念。
更にヤブを進んでも展望は期待できそうにないので林道に戻り、変電所を眼下に見下ろせる鉄塔の下で軽食休憩。
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吉野山頂に立つ国界石柱 | 倉垣の里 |
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倉垣の里の風景が美しい。大江匡房とは違い、歌を詠む才能は無いが、秋の風景が心にしみる。変電所の周り
を走り新しく出来た道を60km/hで下る。地黄から野間中、元気になった野間の大ケヤキを見ながら帰路
に着いた。
(本日の走行距離 99km)
2005年10月10日(月)篠山/鬼坂峠〜脛こすり坂〜はらがたわ峠〜後川奥から曽地奥へ(2.5万図 村雲、福住)
ロード仲間のK氏と走る。9時に篠山市内某所で待合せ。ちょいと早めに市内へ入り、まだ人通りの少ない二
階町通りをぶらぶら走る。
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しばらく時間つぶし(小西のパン) |
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8時55分、黒岡付近をのんびり走っていると背後からK氏が接近、追い抜いていく。挨拶もそこそこに今日の
コースを説明、車塚まで前を走ってもらうことに。いきなり佐貫谷から東本庄へ抜ける峠越えをやるK氏。相変
らず坂の好きな人だ。
下りで先頭交代、鬼坂峠を案内する。鄙びた峠に感動・絶賛のK氏。
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鬼坂峠に到着 | 勢い余って通過・・・ |
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ここまでは序の口、垂水から南に反転、まずは安田へ(9時48分)。福住駅址散策の後、天王に向う(10時
10分)。本日一番の上り。ゆっくり喋りながら上るとワリとラク。20分ほどで天王に着いてしまった。
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脛こすり坂、ようやく天王に到着です |
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この先の軽食屋さんで昼食の予定だったがK氏、時間もあることだしはらがたわ峠に上ろうと言い出す。バテて
たんとちゃうんかいな。ほんまに元気な人や。
はらがたわ峠手前150mほどのところからアタック開始、K氏スパート先行するも仕掛けが早過ぎ峠手前で失
速、テンポで上った私に軍配。でも、ふだんほとんど乗っていないのにさすがに元登録選手。余計なことをやっ
ていたらにわか雨。寒くてたまらん。お店へ転がり込んで食事にありつく(11時05分)。
K氏差し入れの黒豆を頂いたりして寛いでいるうちに雨も上がったようだ。11時50分籠坊温泉方面に走り出
す。後川下から後川奥へ。ここで右折して曽地奥への峠を上る。K氏は初めてとか。淡々と上ればあっという間
に峠へ。
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もう少しで峠だ(曽地奥へ向う峠を目指す) | 峠に到着 |
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気持ちよく下って日置に出る(12時59分)。『右 大坂、左 西京』の道標の裏に回って暫し解読作業。で
も、文字がかすれていてよく読めない。ツーリングは限りなく終わりに近づく。旧道を走って八上の一里塚のと
ころでK氏と別れる(13時11分)。いやあ今日はよく上った。(R372−R176と走りついで帰る)
(本日の走行距離153km)
2005年10月16日(土)能勢/名月峠〜仏坂峠〜仏坂(2.5万図 妙見山)
能勢の無名の里山探訪ツーリング第2弾は秋の能勢の風情を楽しみながら、田尻と地黄を結ぶ仏坂峠の北側に横
たわる仏坂(361.9m)を訪ねることに。
6時08分、昨夜来の雨も上がり好天の予感、涼しくなった空気の中をロードで走りだす。川西能勢口回りで県
道川西篠山線を一路、北に向う。結構風は強いがどういうわけか快走、杉生で水分調達(7時18分)、中山峠
越えで能勢に入ると今西−栗栖と走り継いで名月峠への上りに向う。
いつもはしんどい名月峠の上りも意外と簡単に頂上に着く(7時48分)。
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名月峠 |
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名月峠をMAX56km/hで駆け下りると田尻で府道を北へ。向い風をついて奥田橋まで走り、大きく右折し
てR477に。倉垣を越えると右手前方に牛が寝そべるような仏坂の山が見えてくる。
釣り堀の手前で右に折れ、集落の中を走る細い道を行く。歴史のありそうな家並みが並ぶ風情のある道だ。街並
みに見とれて走っていると右手に山が無い。行き過ぎてしまったか。昔、仏坂峠を西から東に越えたことはある
が、反対側から上るのは初めて。もう一度行ったり来たりしてようやく峠への道に行き当たる。
東側から上ると一回小さな上りをこなして仏坂峠に向う恰好になる。細くて気持ちのいい峠である。植林帯の中
の急坂を上りきったところが、峠の頂上部だ。“南無妙法蓮華経”と彫られた石碑と隣にお墓のようなものが立
っている(8時28分)。以前来た時はもっと明るかったような気がしたが今は暗くてよく見えない。そんなに
早く木が繁るものなのか・・・。
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仏坂峠 | 仏坂(四等三角点) |
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さて、仏坂へ登る。ロードは峠に残し、ヤブの切れ目から山に入る。尾根筋には不明瞭ながらも踏跡が残ってい
る。10分も歩けば4等三角点のある仏坂山頂に着く(8時38分)。意外なことに山頂には登頂標が架かって
いる。物好きな人もいるものだ。
雑木と植林帯が混ざり合った薄暗い山頂で、展望はない。三角点のあるところよりも東に数メートル行ったとこ
ろの方が少し高い。山頂に着けば東方面に踏跡が続いている。釣り堀の北側あたりに降りられそうだ。
登りよりも時間をかけて峠に下る(8時55分)。薄暗い峠は雨で濡れてまだ乾いていない。ちょっと休憩する
には陰気くさいので石原方面へ少し下ったところで休憩する。仏坂の中腹にあるのが石原古墳群。6世紀から7
世紀頃のものという。
この峠道も1,300年前からあったのだろうか。さすがに能勢、懐が深い。北西風が強くなってきた。追い風
に背中を押されればあっという間に宝塚へ帰りついてしまった。
(本日の走行距離 85km)
織田(おりた)さんへのメールはbabrx800@jttk.zaq.ne.jpまで・・・。
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